Mon journal
最近はあまり頻繁に書き込みできていませんが、思ったことや日々の出来事を少しずつ書きとめています。

2004年11月10日(水) なんとなく寂しい星期三、詩について考えてみる

今日は二限の広東語をお休みし、
三限の表演、四・五限の教育実習報告の後、
さぼおるで軽く食事とお茶をして、
図書館、というコース。

今日は部活をお休みしてしまいました。
大会も終わって、
授業のあと部活が終わっている6時すぎから参加する必要も
さほどなくなり、何よりも卒論に回せる時間がなく、いよいよ
ヤバイ!という感じになってきたため。
今後はしばらく水曜はお休みになりそう。
土曜日は出るつもりだけれど。

それにしても部活を休むのってやっぱり慣れないものです。
なんか後ろめたい。
やっぱりとってもお気に入りのテレビ番組を見逃したような気分になるし、
そこに行けば大好きな人たちに会えるというのに、その機会を
みずからつぶしているというのが切ない。
でも今は卒論を優先しなくては。
あと三ヶ月。
それが終わればまた完全復帰もできよう。
…でも三段は難しくなるなあ。ますます。

とにかく明日は卒論について指導教官のところに相談しに行く予定。
先生にも心配していただいてしまって情けない。
とにかく自分の抱える問題点を洗い出しておかないと。

あ、今日の表現演習(中国語作文)の内容、書いておこうかな。
この日記は中国語フォントがダメだからすごくめんどくさいです。
でも手書き入力パッドを駆使してがんばってみよう。


原文(今日やった範囲のみ。題名「限定は否定である」):

 人間は多面的で多様な可能性をもっている。それをどれか一つに限定することは、ほかの可能性を殺すことだし、多様な可能性をもる自分を否定することだ。それに気づいたとき、ハハァ、スピノザの言う「限定は否定である。」というのはそういう意味か、と妙に納得した。
 以来私は、自分は○○だとか、○○の専門家だとか自己限定しないことにした。そうしたら、とても自由になれた。読みたいものは何でも読む。書きたいことは何でも書く。
 親も子どもを決めつけない方がいい。子どもこそ可能性の宝庫なのだから。
           
(木田元「一語一会」「朝日新聞」2002.11.13夕刊)


訳文:

 人有多面的、多種多様的可能性。只限定于一个可能性、等于扼殺別的可能性、而是否定有多種可能性的自己。我意識到這个道理時、恍然大悟、哈哈、斯賓諾沙説的”限定就是否定”、原来是這様的意思。
 从那以后、我不限定自己是什麼什麼、是什麼什麼専家了。這様一来、我変得很自由了。想看什麼就看什麼。要写什麼、就写什麼。
 父母最好不要把孩子限定死。因為孩子蘊蔵着無限的可能性。



…な、なんとかやっとできた!!三度目の正直!
実は二度、このあたりまで打ってプレビューを見ようとしたらエラーが起こり、
すべて消えてなくなってしまったのです。もう頭の中真っ白


そういえば谷川俊太郎さんは詩(題名:「色」)の中で

絶望は簡単な色をしている

清潔な白だ


…と表現していましたが、正に言い得て妙。
もうこれ以上目の前や頭の中が清潔な白で塗りつぶされないように、
さっさとここまでの分を登録しておこう…。
といっても、絶望って塗りつぶすというより
消えてなくなる、っていう感覚のほうが強いけどな。
でもだから黒とかじゃなくて白なんだと思う。

<登録後>

ふ〜。やっと一安心。
谷川俊太郎さんといえば「朝のリレー」ですよね。
あと私が知ってたのは合唱曲の「春に」っていう歌の作詞。

でもそれ以外はぜんぜん知らなかったんです。
つい最近、Frau I.Mが私に彼の詩集を貸してくれて、
読んでみて気に入ったものの一つが上の詩「色」。



この人の、すべてのものごろに対する感性と表現力ってとってもすごいと思う。

この人は男性のはずなのに、
どうして女の人の気持ちがこういうふうに書けるのか!
といいたくなる詩もある。

詩だから、生々しい一連の動作を描写しているわけでは
もちろんないんだけど、

詩だからこそ、その情景の一瞬一瞬を切り取っていて、
彼はその切り取り方がとっても上手というか、
私たちに与えてくれる「見える部分」「見せてない部分」の
バランスが絶妙な気がする。

そしてその情景に実際出くわしたことのある人は特に、
その詩に引き込まれていってしまうんだと思う。

その情景が言葉に変わるとこうなのか、という驚きと、
実際に五感で感じた経験とがリンクして、新しい化学反応みたいなのが起こる。
それが胸を熱くさせたり、ドキドキさせたり、鳥肌たたせてみたり、
涙ぐませてみたりするんだろうな〜と思う。


私がこれはすごい!と思った詩がまだいくつかあるんだけど、
その中で一番印象的なものを一つご紹介したいです。

この詩は特に題名が大きな力を持っているんだけど、
それをあえて伏せてみたいと思います。
まったく読んだことのない人が題名なしのこれを読んでどう思うのか、
知りたいものです。

注:実際はタテ書きで読み仮名は括弧ではなくルビでふってあります。




目をつぶると世界が遠ざかり
やさしさの重みだけがいつまでも私を確かめている……

沈黙は静かな夜となって
約束のように私たちをめぐる
それは今 距(へだ)てるものではなく

むしろ私たちをとりかこむやさしい遠さだ
そのため私たちはふと ひとりのようになる……

私たちは探し合う
話すよりも見るよりも確かな仕方で
そして私たちは探しあてる
自らを見失った時に――



私は何を確かめたかったのだろう
はるかに帰ってきたやさしさよ
言葉を失い 潔(きよ)められた沈黙の中で
おまえは今 ただ息づいているだけだ

おまえこそ 今 生そのものだ……
だがその言葉さえ罰せられる

やがてやさしさが世界を満たし
私がその中で生きるために倒れる時に



<以上>


…うわ〜〜〜…!!!やっぱりすごいよ谷川さん!←馴れ馴れしすぎ。
これは別に女とか男とか関係ないし、
まだ私もよくわからない部分もあったりするんだけど、
でもこれはすごい。
なんか泣けます。リアルな感じがします。

題名を知ったときにきっともっとものすごく。


でも自分の日記に書きとめておけてよかったー。
これは著作権とか大丈夫なのだろうか…。
ダメだったら下ろそう。

あ、Frau I.M、もうすぐ詩集返しますね。ありがとね〜。


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