新潮文庫 小野不由美 著
絶望していたからだ……。
良き先達であることを求められ 良き先達であるために自己を殺し 良き先達であるが故に認められ 許容を求める程度にはそのものを愛し 求め、期待するばかりのそのものを憎む。
静信は最後の最後まで自分が異端であるという自覚を持っていたのですね。
「この状況を支配したいのだろう」と敏夫に言い募り 虐殺の後で敏夫は「お前の言う通りだった」と自己を認める。
昨日の日記のSSの前に書いた 「面白さがゼロになる」っていうのは別に私の方が上手いとかいうわけじゃなくて とにかく激しくネタバレなだけです(汗) 私のネタバレ読んでから原作読んだら「コノヤロウ」と思うだろうなという……。 だってセッカクの伏線が台無しになってしまいますからね!(威張るな)
さて、ここからまたネタバレSSです。 例によって反転ぷりーづ。 原作未読の方は読んではいけません。 一生読みませんって人なら別にいいけど。
設定的には原作終了後です。 敏夫と静信が別れ、静信は人狼となり、沙子と共に在るという。
あの夏が過ぎ、敏夫の故郷は喪われた。 場所としては地図の上に存在しているのだから、正確には喪われたというのは正しくないのだが、炎に焼け出され、村人も離散し戻る者もないので、意識的には喪われたといって相違ない。 敏夫自身も故郷と共に、母と妻、そして幼馴染みを喪った。 特に、幼馴染みを喪ったことが、思った以上に堪えていた。喪った三者で比べるなら、間違いなく幼馴染みの占めるウェイトが大きい。完全に解りあったことはなかったが――敏夫が彼を理解できなかっただけで、彼は敏夫を理解していたかもしれない――親友と言っても良い関係だったのではないかと、今になって敏夫は思う。共に在った時にはちらと思ったこともなかったのに。 いや。 「友人」という言葉は正しく敏夫と彼の関係を表していないような気もする。同じ村の中で似たような環境に生まれ、たまたま同じ年だというだけの、やはりただの幼馴染みだというのが正しいのだろう。 だがそれだけでは彼をなくした喪失感の大きさを説明することができず、だから親友だなどと考えるのかも知れなかった。 彼がどういう人物か、敏夫は知っていたはずだった。まず結果ありきで過程には拘らない敏夫に対し、彼は神経質なまでに過程に拘った。望む結果が得られても、過程に納得がいかなければその結果を躊躇いもなく投げ捨ててしまえる。彼がそんな人だと敏夫は知っていたはずだった。 結果として村人を救った(と思われる)敏夫の、妻に対する所業に彼が憤るのも、解っていたはずなのだ。「じゃあどうすれば良かった」と「偽善だ」と彼を責めた敏夫は、あの時、事実神経が磨耗していたのだと思う。 人と屍鬼の間で完全な中立を保とうとしていた彼が、屍鬼に阿るだろうことも予想し得たはずだ。気付いていたなら、敏夫は幼馴染みを喪うことはなかっただろうし、今でも故郷に住んでいただろう。 今さら言っても詮無いことだと、敏夫は咥えていた煙草の灰を落として自嘲げな笑みを刻んだ。 敏夫は実家を継ぐ前に勤めていた病院に出戻っている。都会の真ん中にある病院で、直に患者を診ることもなく研究ばかりしていた。あの夏が、ほとんどトラウマのように敏夫を穿ち、未だ患者の前に出ることを躊躇わせるのだ。 ふと、窓の外に視線を落とす。そこには病院の中庭があり、昼間であれば患者やら休憩中の職員が設えられたベンチに座り寛いでいる様子が見えるのだが、もう深夜といってもいい時間帯なだけに、中庭に人はいないはずだった。 がた、と音を立てて敏夫は立ち上がった。 敏夫のいる窓の方を向いたベンチのひとつに、白いスプリングコートを着た少女が座っていた。その少女は紛れもなく敏夫を見ている。敏夫が気付いたことに気付くと、少女は何かの音を唇に乗せた。窓は閉まっていたし、少女との距離もある。少女の言葉など聞こえるはずもなかったのだが、敏夫には聞こえた気がした。『尾崎さん』と。 窓を開ける。請われなければ入ってこられないことを知っていたので、敏夫は少女に向かって手招きした。少女は首を振り、逆に敏夫を手招く。 多分、少女は逃げない。だが敏夫は慌てて廊下に走り出、中庭に向かった。 少女の前に立つ。少女は白い肌をしていた。永く、陽の光に当たっていないかのような。もしくは、まるで死人のような。春らしい薄桃色のワンピースが少女の膝の上で柔らかく波打っていた。 「こんばんは」 少女は花が綻ぶように笑う。その笑みは純粋で穢れないものに見えて、その実が禍々しい存在であることを巧妙に隠していた。 「君は、桐敷の……」 「沙子よ」 「生きていたのか」 「少し語弊があると思うけれど」 そう、少女の人間としての生は遥か昔に終わっているのだった。今はただ、存在するために人を狩る、屍鬼として生きている。 敏夫は何故か、この少女に襲われる可能性があることを考えもしなかった。 「外場は、瓦解してしまったのね。その原因を作ったのはわたしたちだけれど」 「最終的には俺たちがヤったのさ。屍鬼とはいえ、見、聞き、考え、話すモノを殺し、火を放ってな。あんな胸糞悪いのはもう二度とゴメンだね」 村人を煽動したのは敏夫だった。千鶴を霜月神楽の現場に連れて行き、村人の目の前にコレが屍鬼だと見せつけた。脈も体温もないだろうと、人間ではないのだと、その胸に木の杭を打ちつけた。人間でないモノは、悲鳴をあげて絶命した。 「どうやって生活してるんだ?」 「お金ならあるもの」 確かに人間の世界は金さえあればどうにでもなる。隠れ家を持つことも、遮光の完全な家を作ることも。 「正志郎氏の遺産かな?」 「それもあるけれど……少しの協力者もいるわ」 沙子の言う協力者というのは、人間でありながら屍鬼に協力する者のことを言う。ならば、正志郎は外場で死んだのだから、それ以外に協力者がいたということなのだろう。 「あなたが千鶴を殺したのね」 「憎いかい?」 「そうね、憎かったわ」 「憎かった?」 「ええ、実際手を下したのはあなただったけれど、原因を作ったのはわたし。だから憎むなら私自身だわ」 ほう、とため息をついた――呼吸をしていないのにため息というのも変だが――少女は、見た目どおりの年ではないのだろう。 「千鶴は、わたしの子供だったの」 「母ではなく?」 「そうよ」 千鶴はその言動が酷く幼さを感じさせていた。大人の振りをしているだけの子供、そんな風に敏夫は認識していたのだが、事実彼女は子供だったのだ。 「尾崎さんは正志郎が屍鬼ではないことを知っていたのよね?」 正志郎は屍鬼でないにも関わらず、殺された。屍鬼の協力者だったからだ。体温も、呼吸も、脈もある人間だと敏夫は知っていたが、その時にはもう、走り出した村人を止めることができなかった。止める暇もなかった。 「正志郎は千鶴を愛していたの。千鶴の幼さを、と言うべきかしらね」 「そうか、だから……」 ライフルを持って神社の境内に現れた正志郎の狙っていたのは、敏夫だったのだ。実際に命を落としたのは定市であり、正志郎自身であったが。 「聞かないのね」 敏夫が聞きたくてたまらないのは彼のことだ。死んだのか、生きているのか、それとも――屍鬼になったのか。それでも自分からそれを少女に聞くのは癪な気がした。言うなれば、敏夫から彼を奪ったのは目の前の少女に他ならないのだから。 「何を?」 仕方のない人、とでも言いたげに少女はくすりと笑みをこぼす。 「室井さんはね、あなたのことが大好きなんですって」 は、と息を吐いて敏夫はそのまま口を塞ぐのを忘れた。過去形になっていないその言葉尻に息を詰める。 「い、生きているのか」 「まぁ、生きている、わね。だいぶ普通の人とは違ってしまったけれど」 稀に、生きたまま変容するものがあるのだという。千鶴を屍鬼に変えた辰巳のような。 「わたし、あの夏よく室井さんと会っていたの。室井さんには落ち込むと行く隠れ家があって、わたしがそこを見つけたの」 そんな場所があることなど敏夫は知らなかった。彼が胸に抱えた虚ろに、理解できないと背を向けていたからか。虚ろこそがきっと彼の本質だったと思うのに。 「室井さんがそこに来るのはね、ほとんどあなたのことが原因だったわ。あなたのことが解るのに、解れない。解って欲しいのに伝わらない。そんなことをわたしに言うの」 本当はね、と言って少女が視線を横にずらす。 「近くにいるのよ」 「静信かっ」 少女の視線の先を追うが、敏夫の目に静信の姿は見つけられなかった。 「会いに行こうって言ったのはわたし。でも、変わってしまった自分をあなたには見せられないって室井さんは言っていたわ」 不器用よね、あなたも室井さんも、と少女は敏夫を見上げた。 「敏夫は、敏夫は……ってそんなに気になるなら会えばいいのにね」 敏夫は急に目頭が熱くなるのを感じた。 「俺も……ずっと好きだったよ」 口をついて出た言葉に少女は微笑んで、敏夫を残したまま何も言わずに病院を去っていった。 涙が零れ落ちそうになって、敏夫は慌てて上を向いた。 いつか、会えるだろうか。 街中で「久しぶり、元気だったか」とでもいうように、普通に。 「静信、会いたいよ……」 敏夫は初めて、喪失感の正体を知った。
つーかんじで。 ロマンチストか、オレは(爆)
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