| 2003年01月20日(月) |
旅日記 雲仙〜熊本〜阿蘇〜湯布院〜別府 |
はい、旅行2日目です。 真面目に旅紀行。 面白おかしいところはすべてかおりんに丸投げです☆
朝。 食事の後、すぐ雲仙を発ちました。 島原から熊本へ渡るフェリーの始発に乗るためです。 その時間、8時25分。早っ!
そうそう、九州は韓国から近いからなんでしょうか 韓国からの旅行者がとても多かったです。 このフェリーで一緒になった方々とはこの後熊本城まで一緒でした。
さて、熊本城。 名将、加藤清正の築いた城です。 現在の天守閣は昭和になってから鉄筋で建てられたものだそうです。 ホンモノは西南戦争のときに焼けてしまったんだとか。 清正が愛知の出身なので熊本城にはしゃちほこが乗っているんですよ。 篭城戦経験者の建てた城だということで、篭城対策があちこちに。 各石垣の内側には1個以上の井戸。 土壁の中にはひじきなどの乾物を隠し、畳の下にも干瓢が。 実際、西南戦争の篭城戦でその食料が使われたらしいです。 スゴイね! そんな加藤清正ですが、熊本城に住んだのは2代のみでその後は細川氏の居城となりました。 細川元首相はこの細川家の子孫ですね。
日本三大名城に数えられる熊本城。 名城というのは落城しにくいという点で評価されたもので 名古屋城、姫路城、そして熊本城をいいます。 櫓の多い城は落しにくいのですって。
ちなみに、もうすぐ築城400年だそうで それに合わせて各所の修復・復元工事が行われています。 4年後にはすっかりキレイになった熊本城が見られるそうですよ〜。
ここにはレディースガイドというものがあって ガイドのお姉さんが無料で熊本城を案内してくれます。 裏話なんかもいろいろ教えてくれるので面白いです。 そんな中から逸話を1つ。
「加藤清正は石高54万と云われていますが 正しく申請していなかったらしく実際は70万とも言われてるんですよ」 清正脱税!?(をい) 正しい清正ファンの皆様ゴメンナサイ。
阿蘇。 寒かった〜!! 雪降っちゃいまして。 草千里は見てきたんですが、残念ながら火口まで行けなかったんですよ。 レンタカーでスタッドレスタイヤでない上、チェーンもなくて。 そんな状態で凍りついた道を行くのは無理だと判断したのです。 これは雪のない時期に行くしかないなって感じですね。 今度行く時は是非火口まで行きたいものです。
阿蘇からやまなみハイウェイを経て湯布院、別府へ。 温泉で有名ですよね、湯布院も別府も。 宿泊地は別府だったんですが湯布院にも寄り道しました。 湯布院は山の中にあります。霧の多い土地だそうです。 それも温泉の影響で水温の高い金鱗湖の影響らしいです。
別府は海沿い、街も開けていて湯布院とは全然違う雰囲気でした。 泉質は様々。 私が宿泊したホテルのものは塩化物泉でした。 しょっぱいんですよ、確かに。 露天が屋上だったので風が強くて大変でしたね(笑) 別府にも雲仙と同じように地獄があります。 昔は地面から熱泉が噴出していて住めないし作物も取れないという正に地獄だったそうです。 それが珍しいと観光客が集まるようになり観光地として整えたそうです。 海地獄、坊主地獄 、山地獄、カマド地獄、白池地獄 鬼山地獄、金龍地獄、龍巻地獄、血の池地獄があり それぞれの泉質は異なります。 例えば、硫化鉄泉だったり塩化物泉だったり酸化鉄泉だったりするんですよ。 それぞれの場所は凄く近いんですけどね。
別府には温泉がいくつかあって全部まとめて別府温泉といっているみたいです。 この地獄めぐりはその中の鉄輪(かんなわ)温泉の中にあるのです。
なんか面白いこといろいろあったんですが、出てきません……。
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