| 2002年09月18日(水) |
太陽の王ラムセス 2 |
角川文庫 クリスチャン・ジャック 著 山田浩之 訳
1の最後でラムセスの父、セティ1世が亡くなります。 70日間の喪に服した後、ラムセスはエジプトにファラオとして君臨するのですが セティの長男をファラオにしたい役人や神官たちの妨害とか ファラオになりたい長男本人の画策とかいろいろあって前途洋々ではありません。 前途多難といってもいいくらいだけど。 やはり権威というものには人が群がるものであって それは今も昔も変わらないのだなという感じがします。
そういえば本屋へ行ったら、著者クリスチャン・ジャック氏の エジプトを舞台にしたラムセスとは違う小説が文庫になってました。 基本的に、エジプト好きな人間なので読みたいなーと。 とりあえず、ラムセスを読み終えるまでは保留しておこうと思ってますが。
世界に多々ある文明の中でも私が惹かれるのは巨石文明なんですよ。 ピラミッド然り、ストーンヘンジ然り、モアイ像然り。 ナスカとかマヤとかアステカとかインカとか色々あります。沖縄海底とかさ。 「神々の指紋」を読んでからかなァ、こんなに惹かれるのは。
そうえいば喧嘩したせいで昨日は帰るのがちょっとイヤだったんですが 帰ってみたら母上も弟もケロっとしてたので私が焦りましたよ。 弟なんか平気で部屋に入ってくるし。 いいけどね。
本を読むことの意味についてちょっと考えてみました。 完全な創作の作品(特にファンタジーとか)を読む分には良いんですが 現実が舞台になった作品(フィクションもノンフィクションも)は 読んでいると必然的にいろいろな知識が頭に入ってくるわけですよ。 その中に多少の創作があるとしてもね。 だから本を多く読む人は自ずと知識人になり得るわけです。 語彙も読まない人より多くなるし、難しい漢字もちゃんと読めたりしますよね。
最近の自分を振り返ってみて思ったのですが 例えば人の間違いに気付いてそれを正したりすることがあると思うんですけど そうするとそれが知識をひけらかしているような気になってしまう。 それは○○が正しいんだよ、って教えてあげて あとで、知ってるからって偉そうに、って思われてるんじゃないかと。 何だろう。被害妄想なのかな。
それに知識があるとそれだけで理屈っぽくなってしまうんですね。 知識があるから屁理屈もこねやすいし(笑)
言葉で人を言い負かすことのできる、それだけの知識を持った人は凄いです。 まぁ、喋りが上手いかどうかってのも重要ですけどね。
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