角川文庫 枡野浩一 著
確実に某彼女の影響ですね……。 某彼女が誰か知っているのはせりちゃんくらいのモノでしょう。 ていうか、会ったこともない、ましてプロでもない インターネットでちょっと日記を書いたり文を公開しているだけの彼女に こんなに傾倒して、こんなに影響受けていいものかと思うのですが まぁ、そこは私なので良いということにします(爆)
というか私には彼女のような日記は書けません。絶対に。 あれは彼女のアイデンティティーだという気がします。
さて。 枡野浩一氏は自らを「特殊歌人」と呼んでいます。 歌人=短歌を詠む人のことですね。 いわゆる古典的な歌を詠む方ではないです。 時代を風刺したようなのとか、普通にカタカナ語が入ってきますし。 で、この本は短歌集ではなくて枡野氏が感銘を受けたとか、ただ単に好きだとか そういった文芸作品や映像作品を短歌化しようと試みたもので まずその作品に対する評というかエッセイがあって、それから短歌が1ページにドーンと。 なかなか面白かったです。 その考え方には共感できるなぁと思ったし。 あの「バトル・ロワイアル」や「キッズ・リターン」を短歌化したものもありますよ。
その中で私が1番印象に残っている文は 「くさくさすると、ぐさぐさしたくなる」という部分でした。 枡野氏自身、これは他の誰かが言っていたのを真似しただけと解説してるんですけど(笑)
最近、自分の友人関係を見直す機会がありました。 というのは、知り合いが結婚したのでその披露パーティーがあるのですが(まだ先だけど) 彼女は小学校以来の友人を呼ぶというのですよ。 呼ぶ知人リストを見せてもらったんで(笑) アナタです、アナタ。
で、私がもしそういう場合に誰を呼ぶかを考えた時に 小学校からの知り合いは一人も呼ばないだろうなと。 いや、幼馴染みが結婚した時、結婚式に呼んでもらったので その彼女は呼ばなきゃならないのかなーとか思ったんですけど 確かに幼稚園とか小学校とかそのくらいの時は普通に仲が良かったけど 中学校以上になってからは別に仲良くなかったし むしろ、どっちかというと私は彼女が好きでなかったし そんな義理で呼ぶくらいなら呼ばない方がマシだと思うし。 中学に入ってから暗黒時代に突入したこともあって 子供の友情の儚さは身をもって知っているので 今でも付き合いのある小学校からの友人は皆無です。 かといって中学からの友人がいるのかというと1人だけで 他にも普通に仲良かった人はいるけれど結婚式に呼ぶほどではないし まぁ、小学校時に仲良かった子は既に友人でも何でもなかったんですけどね。
そう考えていくと 中学からの友人1人、高校からの友人何人かくらいしか友人はいなくて (短大時代の友人で今も連絡が取れるのは1人だけだし) どうよ、この、狭く深くさ加減は!? って感じですよね。 あとは社会に出てからネットで知り合った人たちばっかり。 交友関係としてはそれで十分満足しているので別にいいんですけど。
友人という言葉を考えるとどうしても 子供の残酷さということを考えてしまいます。 よく、子供の「純粋ゆえの」残酷さとか言うのは聞きますけど 別に純粋じゃなくても残酷です。子供は。
ちなみに私がどういう子供だったかというと 成績表に先生から「非常に責任感・リーダーシップのある」と書かれたりしましたが 実はそれは先生にそういう印象を与えることを狙って行動してただけだという ちょっと姑息な子供でしたね。 先生の印象は良かったはずです。実際気に入られていたと思うし。 「オトナって簡単だよな」と思ってましたから。
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