| 2006年06月17日(土) |
車窓からの水田風景に団塊の世代の原点を見る |
静岡への帰路、汽車の車窓からの田園風景に子どもの頃の記憶が蘇り、この風景を捨てた自分、壊そうとしてきた高度成長、工業中心の日本の政治・経済・社会はどんな風にして自らのアイデンティティを取り戻していくのだろうか、と黙考。
これを実体験したのはいわゆる団塊の世代です。今、団塊の世代のリタイアの始まりに社会参加が色々と語られ始め、遂には自治体の団塊の世代受け入れ政策にまで議論は進んでいます。果たして団塊の世代は、どこに向かうのでしょうか。
21世紀の地方自治を創る総合情報誌『ガバナンス6月号』の特集は、「自治体の「団塊世代移住プロジェクト」」です。この中で九州大学大学院人間環境学研究員小川全夫教授の「自治体の団塊世代移住政策の現状と課題」は興味が湧きました。
単純に団塊の世代移住を考える前に日本における特徴を認識すべしと6点挙げています。1、団塊の世代といっても3年間に集中、2、移動が移動を呼ぶとしても快適生活環境、医療環境、介護環境のために様々な整備が必要、3、団塊の世代の移住というが極めて「男性中心」の視点であり、女性の感覚を無視できない。
4、この世代は農村生活を経験しており、それが嫌で都市に移動してのであり単純に農村に戻らない、5、具体的には賃金生活者として社会的公的サービスを望んでいる。そして6、ですが、私としては、まさに同感なので長めに紹介します。
「この世代は、煩わしい伝統的な「家」を出て、競走し、組織嫌いになり、組合も地域コミュニティも煩わしく思い、大衆としての自由を謳歌した世代である。そのために個人主義的な行動特性が強く、規範による集団秩序の維持に反発する。
だが、実際には新しい住宅団地などでの実体験を含めて、伝統的な地域共同体には一線を画しながらも、共同性を構築しなければ自分達の生活を守れないことを知った世代である」と述べられています。
この世代、私が繰りかえし主張している「未成熟な個人主義の世代」です。この世代が若い「過剰な個人主義の世代」を前にどのような対話をしていくのか。愛国心を掲げる復古主義的全体主義にはブレーキがかかる世代です。
この世代が会社主義から解放されてどのような地域生活・コミュニティに復帰して行くのか、大きな関心事であります。静岡に戻って新聞を見ると昨日、海野とおるさんが出版パーティで静岡市長選挙への発言をしたとのことです。
「出馬への意欲」「事実上の表明」とマスコミの見出しが微妙にぶれます。近〃、マニュフェストを公表するとのことです。小嶋市長も海野さん同様に団塊の世代。この層にどのようなメッセージを投げかけてくれるのか。大きな期待です。
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