| 2006年06月04日(日) |
どぶそうじにおける道普請精神 |
今日は町内のどぶ(側溝)そうじ。朝からどぶさらいの音が聞こえてきます。8:00からのはずですが、7:00頃からはじめられているようです。これはいけないと、急ぎ早に着替えて家を飛び出します。
自分の家の前は既にきれいにされていました。町内を流れる何箇所かの排水のうち一本が私の組にあり、そこには10数人以上の方がシャベルを使って体を動かしています。さっそく、すくい上げられた草と土砂の運びにかかります。
毎年、どこの町内でも見かける光景です。そして、どこの町内でも問題になるのがこの掃除に参加する人としない人が出てきて、そのことをどう扱うか、です。欠席した人には罰金をもらったらどうか。
我が町内ではそうしたことは起きていませんが、結構デリケートな問題です。最近、国土交通省が「道普請」という言葉を使いはじめています。公共事業批判、財政破綻の中での「道普請」の見直しです。
因みに「普請」とは、普(あまね)く=(広く、すみずみまで)、請(こ)う=(ある事をしてくれるよう相手に求める)の意味で、おおぜいの者の労力をお願いするという禅語に由来するとのことです。
行政的にこうしたことが注目されたのは、長野県の2600人の栄村で、国の定める全国共通の道路企画と補助金システムに風穴をあけたことによります。住民の金銭負担を含んでの道路整備です。新たな行政と住民の協働です。
私が小さかった頃、村の運営はこうした「道普請」的手法で行われてきました。ただ、私や多くの若者が村を抜け出す一つの理由に、こうした自治機能としての「道普請」精神のもつ隣組的監視機構です。
高度経済成長により古い共同体は解体し、人間関係の希薄な都市型共同体に転換すると同時に、「道普請」は行政のサービス需要として拡大し財政負担をもたらしました
食の安全を求めた共同購入運動での班活動はテーマによる新しい共同体運動でもありました。今、NPO型社会として、「道普請」機能が生まれ変わろうとしています。果たしてこれはうまく浸透していくのか。
今日のどぶそうじで普段見えない角度からの住宅風景にもうひとつの町並みが見えて不思議な感覚です。
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