風もさわやか、こいのぼりが空高く舞うにふさわしい、こどもの日。やや暑かった1日でしたが、何かを感じました。弟からは、母が回復に向かっているとの知らせ、病床での姿が目に浮かびます。
ニュース23で筑紫哲也さんと宮崎駿さんが10年ぶりのこども日に対談。聞き逃すまいと二人のトークに集中しました。子供は3年テレビを見るなといった自分がDVを売っている、宮崎さんの自分とのせめぎあい、を感じました。
でも、結局はコミュニティの崩壊に行き着きます。筑紫さんの、小さな頃は道草をくって親に怒られながらもその道草が楽しかった、でも今の子供は、その道草の楽しさを経験できない、その感覚のゆがみが社会をおおう、と。
だから、民族教育だ、愛国教育が必要だという議論は何かおかしい、まさに実感です。教育基本法での愛国心を、と叫ぶ人々の気持ちはわかります。しかし、復古主義では、おそらく、この社会の現実をケアできないと思います。
いつも私が主張しているわれわれ世代の「未成熟な個人主義」と今の若い世代の「過剰な個人主義」、どこでどうか重なり、どこで食い違っているのか。まさに国家とは、公とは、そこにいる個人とは、根源的な問いです。
ジェンダーパッシングも結局、そこところに行き着きます。5日のこどもの日に3日の憲法問題がどうしても重なってしまいます。少子化でこどもたちがどんどん減っていきます。未来のこどもたちの人権と共同体はどうなるのか。
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