| 2005年02月25日(金) |
秦 河 勝 連載10 |
「そのとおりじゃ。分散して勝部を作り生産に精出していた秦の人々は、秦氏としての団結が弱くなり、勝部ごとに諸豪族に徴用され和珥氏、穂積氏、巨勢氏、平群氏、物部氏、大伴氏、蘇我氏、羽田氏、葛城氏等に駆使される情けない状態になってしまったのだよ」
「困ったものですね。秦一族の危機の時代ですね」
「その通りじゃ。秦造としての役割が果たせなくなったので、朝廷への貢物も少なくなり肩身の狭い思いをしたものと思うわのう」
「それで秦一族はどうなりましたか」 「秦酒の公という秦一族の中興の祖が現れたのじゃ。秦登呂志の子の酒の公は琴の名手であった。酒の公は出仕するときには必ず琴を携帯していた。雄略天皇の御代12年の10月のことであったが、秦酒の公が出仕して造営中の宮殿の前で工事の安全を祈願して琴を弾いていたところ、ある事件に遭遇されたのじゃ」
「どんな事件だったのですか」
「大工の闘鶏御田(つげのみた)が宮殿の建物を建てていたが、梁へ上がったり下りたりするのが、まるで鳥のように素早かった。たまたま伊勢の采女が天皇に奉る秋の味覚を盛ったお膳を捧げて通りかかったところ、闘鶏御田(つげのみた)が梁へ上がるのを目撃した。彼女が今まで見たこともない敏捷さで、闘鶏御田が上がっていったので、人間業とは思えなかったのだろう。度肝を抜かれた伊勢の采女はお膳を落としてしまったそうな。そこで騒ぎが大きくなったのじゃ。天皇に捧げるお膳を落とすとは不敬であり、不吉であるということになった。詮議してみると闘鶏御田が魔性をもっているのではなかろうかということになり、災いを封じ込めるためには闘鶏御田を殺して魔性を絶ってしまおうということになったのじゃ。」
「闘鶏御田は殺されたのですか」
「天皇の前に引き出されたとき、状況がかわったのじゃ」
「どのように」
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