香織の父は、東京に本社を置くS紡績早島工場の工場長として、この町に昨年秋転勤してきた。藺草を栽培したり、畳表を織ったりして生計をたてている者の多い早島町には、織機を修理する鍛冶屋か、せいぜい織機を20台ほども置いて、畳表を織っている従業員10名程度の町工場しかなかったので、一部市場に上場されているS紡績の早島工場のように従業員五百人を数える工場の工場長は町の名士として遇された。
香織は都会育ちの娘らしく、動作はシャキシャキしており、色白の顔は母親に似て美形である。変化に乏しい町の学校の常で、新参者の香織の一挙手一投足は好奇の的となった。とりわけ標準語を喋る香織の言葉は悪童達の好個の材料であった。
「オッカァのことをオカァサマと呼んどるでぇ」 「先生ゴキゲンヨロシュウというのをわいは聞いたでぇ」 「こねぇだ、雨が降っとったじゃろう。せぇで,うちが傘にのせたぎょうか言うたらな、傘にノッタラ骨が折れるわよと言うんじゃぁ。うちゃぁ、もうおかしゅうて」
勇は勉強はよく出来る方だったので、各学年とも三学期のうち少なくとも一学期間は級長になった。香織が転校してきたときは、先生のはからいで香織の席は級長の勇の隣に決められた。
転校してきたばかりなのに香織は、勇達の知らないことをよく知っており、とても太刀打ちできない学力を持っていた。教室では良く勉強ができたが、まだ方言が喋れないので、遊び時間に悪童達から標準語を冷やかされると悲しそうな顔をした。
香織が転校してきてから10日ほど経った日曜日に、勇達のクラスの主だった者5〜6人が香織の家へ招待され、遊びに行くことになった。勇達が誘い合って、工場の近くにある社宅群の中でもとりわけ立派な構えの香織のうちの玄関で 「御免せぇ」と案内を乞うと香織がでてきて 「ようこそいらっしゃいました。さぁどうぞお入り下さい」と大人びた物腰で招じ入れようとする。声を聞きつけて香織の母も現れ 「まあまあ、皆さんようこそいらっしゃいました。香織の母でございます。香織がいつもお世話になっています。さあどうぞ、どうぞ」とにこにこしながら迎えてくれた。
勇は何と言っていいか判らず、慌ててピョコンと頭を下げた。勇に続いて健介、剛、京子、栄もピョコリ、ピョコリと頭を下げた。
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