前潟都窪の日記

2004年10月24日(日) 父のこと

 ▼父のこと
昭和18年のことであったと記憶するが、この原っぱで父も参加して、在郷軍人会が軍事演習をしたことがある。

 面会に行くと所謂三八式の小銃が三本ずつ銃口を上にして交差させ立てかけてありその傍らで胴着を付けて面を片手に持った父が腰かけて煙草を吸っていた。父のかたわらには胴着姿の兵隊さんや、軍服姿の兵隊さんが屯して、水筒の水を飲んだり、煙草を吸ったりしながら談笑していた。在郷軍人の演習であるから、実弾発射などはなく銃剣道や駆け足、匍匐練習が主体であったのではないかと思う。この時の父は頭に日本手拭いをまきつけており、初めて見る凛々しい父の剣道衣姿に頼もしさを感じとり、自分も早く大人になって銃剣道をしたいなあと思ったものである。鉄砲や胴着の実物を身近に見たのはこのときが初めてであり、このときの頼もしい父の姿が鮮明に脳裏に残っている。

 この年には一月にスターリングラードでソ連軍に逆包囲されていたドイツ第6軍が飢えと寒さに襲われたうえ弾薬が尽きて降伏した。二月にはマラリヤと飢餓に襲われた日本軍がガダルカナルから撤退した。十月にはカステラーノ将軍が秘密降伏文書に調印しイタリヤ軍が連合国に無条件降伏した。そして日本では文部省主催の出陣学徒の大壮行会が神宮外苑で挙行され、推定十三万人の学徒が出陣した。このように戦局は日・独・伊三国が破滅へ向かって歩みだしていた。


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