sakuraの日記
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2001年10月09日(火) 友達

「世との交友は有益な習慣を損なう。」
大会でも集会でもよく言われるこの言葉には戸惑う事が多い。
特にクリスチャンではない友達との交友を避けるようにと言う警告はとても大袈裟に聞こえてしまう。
 
 自分の霊性を脅かすような友達ってそんなに多いやろか?
組織はJWがどんなに悪い人間と付き合ってると思ってるんやろか?

私はもともとそれ程友達の多い方ではないが、たとえ、霊的な話が出来ない友であっても良い友達はいると思っている。
共通の関心事を持っている友は私にとってはとても大切な存在だ。
成人してから、JWになった私には、むしろ組織内で友を作る方が困難だった。
会衆内で同年代の人は私以外全員2世だったし、異性の仲間との接し方には気を遣ったし、友を得ると言う事においては随分寂しい思いをしたと思う。

JWで信仰において一致していると言ってもプライベートな時間まで共にしたいと思うような人は、限られた会衆内ではなかなか得られなかった。

家に帰れば、自分ひとりJWで、会衆でもひとりのようで、真理を知ったとはいってもなかなか幸福感を味わうのは難しかった。

私はもともとおしゃべりで、ザックバランな方だけど、会衆の人達は礼儀正しく、親切なだけで、打ち解けて話すような人はいなくて、みんなよそ行きの顔をしていた。 そんなだから、コチコチの2世の一つ年下の姉妹にはよく怒られて、なんか築き上げるとか、鼓舞し合うとか無縁だったなぁ〜

でも、大切なのはエホバとの個人関係だもんね。

っと気を取り直してやってたっけ。

今は、会衆の統廃合で、別の会衆になって、いい友も出来たし、遠方の会衆にも
共通の趣味を持つ仲間も出来て、それなりに楽しくJWライフを送っている。
問題が無い訳ではないが、自分らしくあることと無理しないことを心がけて、喜びを失わないようにと気を付けている。

JWの友達も学生時代の友達もかげがえのない存在だと思う。

JWの若者も相手がJWかどうかっていう基準だけで判断しないで、互いに鼓舞し合えて、ときには慰め合えるようなそんな友達を作って欲しいなっと思う。

あっ、一応、神の目から見れば私も若者の内に入るとは思いますけどね(~o~)


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