sakuraの日記
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| 2001年10月02日(火) |
アイザック・スターン |
世界的に有名なバイオリニスト、アイザック・スターンが亡くなった。 最近では、後進の指導にも熱心で、日本でも毎年、年若い人への公開レッスンを 行っていた。 その様子をテレビで見た。
レッスンはとても和やかで、友好的な雰囲気から始まり、生徒の考えを引き出そうとする質問。 きっと、正しい答えは判っている筈だけど、すこし躊躇しながら、自信なげにぼそぼそと答える生徒。
この様子を見た時、ふと思った。 私達が何かの教育を受けていて、先生から質問を受ける時、既に答えが用意されていて、その答えを導き出せた時は正解で、それ以外は不正解とされなかっただろうか。そういう経験が抜けないせいか、何かの質問を受ける時、つい、質問者が要求している答えを探してしまわないだろうか。
そんな事を考えながら、テレビを見ていた。
誰かが、質問をしてくる時、必ずしも答えを用意して待っている訳ではないかもしれないけど、ついそう考えてしまう。 10人居れば、皆違った答えがあって当然ではないだろうか。 頭では判っていても、すぐ人を型にはめてしまおうとする傾向を改めるのは容易なことではないだろう。
私は、個人的には、そういう型にはまった見方をされる事に苦痛を感じていた方だけに、他の人の考え方や見方に対して、その多様性を尊重するように努力しているつもり。
でも、依然として、自分自身に関しては、自分が他の人に受け入れられるか?こんな事を言って恥ずかしくないか?他の人をつまづかせやしないか?という事を気に病む事もあった。
今は、いろいろあって、そこのとこは吹っ切れて、のびのびと自分らしく居られるようになったかなっと思う。
「正しい答え」という頑なな考えに縛られることなく、人の個性を受け入れる努力をすると同時に、自分自身の個性も受け入れてもらえる、そういう風になれば いいなと思う。もちろん、それは、原則を冒さないところで、という事は言うまでもないっか。
なんか、アイザック・スターンから随分話がずれてしまった・・・
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