加藤のメモ的日記
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2014年08月28日(木) 大島 渚

最後のお願いは「お酒が飲みたい」でした。

家族が見守る中、大島が静かに息を引き取ったのは2013年の1月15日。翌日から私は18年ぶりの舞台に出演することになっていて、最後の舞台稽古が19時から始まる。大島と一緒の車で家に戻り、布団に寝かせて、最後を迎えられる準備をして、劇場に向かいました。大島は私のために日を選んでくれたのかなと思っています。

あとで看護婦さんに聞いたのですが、その日の朝、大島は「ママ〜、ママ〜」と叫んでいたそうです。それが最後に発した言葉。昔からあの人は何かあるたびに私を呼んでいましたからね。虫の知らせがあり、お別れのために私を呼び寄せようとしたのでしょうか。

大島が逝ってから早いもので1年近く経ちますが、夢に出てきたのは一度だけです。熱海の海沿いの喫茶店で二人でお茶をしている夢。それは若い頃、映画の撮影の天気待ちで行った喫茶店の情景でした。当時、大島は助監督、私は新人女優。たった一度、夢で会えたのが、何でこの場面なのか、理由はよくわからない。人間の記憶って不思議です。

人生をやり直せるなら、もう一度大島と結婚したいですね。ただ、最後の17年とは違う生活をしてみたい。ずっとリハビリの日々でしたからね。大島が亡くなって3カ月ほど経った頃ですが、自由が丘のレストランで食事をしていた時、ふと老夫婦の姿が目に入りました。

御主人はビールを飲み、2人で楽しそうに食事をしていた。まるであの時の熱海の喫茶店の私たち二人みたい。その姿を見て、「私が求めていた幸せは、これだったんだなぁ」と気づきました。そう想うと涙が出てきました。叶わぬ夢ですが、なんてことのない日常をあの人と過ごしてみたかった。大島が亡くなって以来、涙を流したのはこの一度だけです。



『週刊現代』1.4 小山明子


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