加藤のメモ的日記
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2014年05月23日(金) 頭のいい人

例えば学生時代。「彼は本当に頭がいい」というとき、これは単に試験の点数がいいということを意味する。頭の良さとは試験の点数。つまり偏差値のことを指す。クイズ番組で「凄い!」「そんなことまで知っているのかと視聴者は舌を巻くとともに、その実「そんなことを知ってて、いったい何の役に立つの?」とある種、余裕を浮かべて眺めている。重箱の隅をつついた問題を、ほとんど条件反射のように回答する。これも確かに「頭がいい」と表現するけれども、それは極めて特殊な頭の良さだ。

社会で役に立つ頭の良さ、つまり「使える頭」という観点からするとっまったくもって当てにならないものである。実社会において「頭がいい」という場合、それは「使える脳」でなければならない。「使える脳」とは、物事の本質を見抜く頭脳である。ただ、見抜くだけではない。どう対応策をとるか、そのメニューを複数提案する。プライオリティをつけ、実際に行動に移すとこまでいって、初めて「使える脳」といえるのだ。

一流大学を出て官庁に入る。統計やデータを駆使して日本の近未来の経済を予測する。確かに学校での成績も公務員試験も高得点をっとってきたのだろうが、彼らがはじき出した見通しはここ数年ことごとく外れている。官庁だけではない。民間も同様である。銀行、証券会社の調査部やシンクタンクは世にいう一流大学、しかも成績のいい人たちの業界だ。しかし、彼らが束になってかかってもバブル崩壊は予測できなかった。

ところがここに、高等教育など受けたこともない一人の老人がいる。彼は実社会の中で切った張ったの修羅場を潜り抜けてきた相場師である。その彼がバブル崩壊直前に、それまでの戦利品である不動産と株式をすべて売り払ってしまった。理由は二つ。「こんな浮かれた経済が続くわけはない」「わしの経験の中では説明できない世の中(経済)になってしまった」彼は自分がわかる範囲内で動いていた。いわば、自分の領分を知っていたといってもいい。

そして、どうも経済がおかしい、自分の理解の範疇を超えている。日本の経済は実像よりも虚像が独り歩きしているのではないか。それがバブルだったのである。今となっては誰でもいえる。しかし、バブルの真っ盛り。「日経平均株価が4万円にも届くのではないか」と浮かれていた時に、もう手仕舞いだと踏ん切れた人間がどれだけいただろうか。現代は、自分の金で博打を打ったことのない人間が、データとコンピューター、教科書の中の経済知識で乗り切れる時代ではなかったのである。

いま非難の的になっている産、官、学の状況をみると、かって優秀といわれた人達が指導、運営している集団である。一様に閉塞状況を迎えている事実をみると、彼らは「頭がいい」のではなく、本当は「頭が悪かった」のだと気づくのは、私一人ではないだろう。何でもわかるし、知っている。だから、何でもできる人……とはいえない。

もちろん、超一流進学校から超一流大学、超一流官庁、そして幾多の天下り。これで「人生勝利の方程式」に乗ったと思ったら大間違い。時代錯誤も甚だしい。現象だけにとらわれていると、その裏側に隠されている本質に気づかない。本質を浮き彫りいして叩かなければ、問題は処理できない。「使える脳」とは本質を見抜く力があるかどうかということである。


『頭のいい人』中島孝志


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