加藤のメモ的日記
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| 2014年05月05日(月) |
『寂しい丘で狩りをする』 |
「それにしても、最近のストーカー殺人事件でも感じますが、妄執にかられた男というのは本当に凄まじい。だから、警察を頼っても防ぎきれない。男は相手の女性を殺すことで自分が苦しみから解放される、自分の救済だと考えています。そこには理屈も道理もなく、罪の意識などもない。強姦をはじめ女性への性暴力に対して、もっと重罰を科すべきだと思います。ですが、たとえ死刑に処する法規制をしたとしても、一定の抑止力にしかならないと思う。妄念に取り憑かれた人間には、刑務所も死刑も意味を与えません」
■敦子とみどり。深刻な性暴力にあった女性を描くことは難しくありませんでしたか。
「ものを書く人間は皆そうだと思うのですが、多分に両性具有です。そうでないと女性を描けない。女性を内面的に理解できなければ、男から見た”対象としての女性”になってしまう。敦子やみどりを描くとき、彼女たちの不安や苦しみは僕の中に生々しく立ち上ります。けれど一方で、凶悪な押元や久我の卑劣さを書く時、やはり彼らの持つ暴力性のようなものを自分の中にはっきりと感じる。だから、その部分に意識を合わせて書きます。
『寂しい丘で狩りをする』辻原 登
『週刊現代』4.26
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