加藤のメモ的日記
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2014年04月11日(金) 原発は、膨大な社会的費用がかかる

第5福竜丸事件から60年。歴史的エポックの3月にこの国がしていること

北太平洋のビキニ環礁付近で操業していたマグロ漁船・第5福竜丸が、米国の水爆実験による死の灰を浴びがのは、60年前の3月1日だった。そして3年前の3月11日は、東日本大震災で福島第一原発が炉心溶融を引き起こし、放射能が周辺地域を汚染することになった。放射能の怖さを再確認し、核エネルギーとどう向かい合って生きていくかを考える歴史のエポックが、この3月に重なったわけである。

かって、第5福竜丸の無線長だった久保山愛吉氏が死亡した時は、世界で最初の水爆犠牲者に哀悼の意を表するため国務大臣が葬儀に出席した。それほどに世論は、この悲劇に悲憤慷慨していた。しかし、今やその記憶も感情も薄らいでしまったということなのだろう。記念碑的なエポックは、思いのほか世の耳目をひいていない。

福島の事故は、原発の安全神話だけでなく、低コストという経済性についても、まやかしであることを明らかにした。発電コストだけを比較すれば、確かに原発は化石燃料に比べて安い。だが、ひとたび過酷事故を引き起こせば、放射能の脅威だけでなく、被災者への補償、原子炉の廃炉作業、汚染水の処理など、膨大な社会的費用がかかる。この原発から撤退するのか、あるいは、どう社会に位置づけていくのか。そのことを考えるうえで必要な情報を、政府は的確に提供しようとはしていない。


『週刊現代』3.22 岩瀬達哉


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