加藤のメモ的日記
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2014年02月23日(日) スピード思考力

人の話を聞くちきにメモはとってはいけない

…あなたは書記ではない…

書く習慣をつくるのはいいことなのですが、どうも日本人には、一つだけ間違った書く習慣が根付いてしまっているように思います。それは、「メモをとる」ということに関してです。もちろんメモ自体はアイデアや情報を書きためておくための、重要なツールです。ところが最近の人たちは、人の話を聞いているときに、ろくすっぽこちらの顔を見もしないで、せっせとノートやメモを書いている。授業でも、講演でも、あるいは取材の場面でもそういうことがあります。人の話を聞くときに、メモをとってはいけません。

そう言うと、「世間で言われていることと違う」と思われるかもしれませんが、私と同じことを言っている人は数多くいます。例えば、元国際日本文化研究センター所長の山伏哲雄さんも、宗教の授業を高校生にしているときに、真っ先にノートにメモをとっている学生に足して「それはやめてください」と要求しました。メモをとっていると、話を聞いて、頭を使って考えることに集中できない。メモをとるのだったら、授業が終わって自分の部屋に帰ってから、頭に残ったことをメモするようにしなさい、ということなのです。

確かに記者のような職業であれば、あとで忘れてしまうような情報を、きちんとメモに残しておくことも必要でしょう。あるいは仕事の日程など、その場でメモをとらなければいけない問題もあります。けれども、記録というのは本来二次的な要素であり、本当に重要なことは疑問点を確認したり、わからないことを質問して明確にすることなのです。ところが学校でも会社でも、「重要なことをしっかりメモしておけ」と要求するから、多くの人がその場で書記の仕事に専念してしまいます。

書記の実務というのは言ったことを記録に残しておくだけですから、機械的なことをやっているのと同じ。それはすなわち「ものを考えず、ひたすら事務に徹する」ということです。

どうしてもメモをとらなければいけないときなど、私は部下を連れて行って彼にメモをお願いし、自分は相手の話に集中して、質問することに徹するようにしています。そういう恵まれた環境にない人でも、録音を残しておくなど、メモしないですむための工夫はいろいろできると思います。メモをとっていれば、必然的に集中力は書くことの方に向かいます。だから講演などでも、完璧なメモが目の前に残っているにもかかわらず、実は話の半分も理解していないということがいくらでもあるのです。ですからセミナーなどでも、まず重要なのは聞いて、考えるということです。メモというのは、その合間にやればいいことなのです。



『スピード思考力』榊原英資


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