加藤のメモ的日記
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2014年02月22日(土) フクシマ  直接死を上回る関連死

原発が奪った母の命

東京電力副島第一原発事故から3年。福島県ではいまなお13万6000人が避難生活を強いられ、心労で命を落とす震災関連死が続いている。その数は3月3日現在1664人で、副島の実態は原発関連死そのものである。地震・津波による直接死の1603人をはるかに上回っている。

関連死447人と健で最多の南相馬市。仮設住宅で暮らす西田一郎さん(62)仮名も避難中に当時84歳の母親を亡くした。「原発が爆発し、いきなり避難しろ、ですよ。青森、会津、福島市など8ヶ月で7回も引っ越しました」原発20キロ圏の南相馬市小高区の自宅では元気だった母。移動ごとに意欲が減退して引きこもりがちになっていった。事故1年後に衰弱して倒れ、2012年4月、亡くなりました。市は、原発避難が死亡原因であるという訴えを認め、災害弔慰金を支給した。西田さんは今、東電に慰謝料を求める調停を申し立てている。「母の死は原発関連死そのもの。なのに東電には人の命を奪った反省がない。時間はかかっても最後まで責任を追及していきたい」

国・東電に翻弄される被災者

西田一郎さんは、心労と長く続く仮設暮らしで自らも体調を崩して病院通いの日々。仕事も始められない。「避難中に高血圧と糖尿病を発症し、睡眠薬がないと眠れない」弔慰金支給の審査は、遺族自身が手続きをしなければ始まらない。遠隔地にいて申請できない人や制度を知らない人もいるだろう。私も母の死後、市の説明で初めて制度を知った」と西田さん。統計に反映されない関連死も少なくないとみられる。

認定に差が

市町村が設置する審査会での弔慰金支給認定率は、県全体で80.1%。中には50%未満の自治体もある。国は2011年4月、「災害の半年以降は関連死と推定しない」とした2014年の新潟県中越地震当時の長岡市の基準を、関連死は自然災害のみを対象とする制度だとし、副島の現実を考慮していない。しかし原発事故で被災した副島の状況は複雑だ。

関連死の時期をみると、福島では6割が事故から半年以内に集中している。同1年以降の比率も高く、全県で16%、原発周辺の双葉郡8町村で23%にも達している。「原発事故の関連死に使える制度がない」「市町村ごとの運用に違いがある。国は独自基準を示してほしい」と、自治体の担当職員の声も出ている。

自殺者も

関連死には自殺者も含まれている。他方、原発事故との因果関係が明らかでも関連死認定から漏れる例もある。その一例が、震災の2週間後に自殺した須賀川市のキャベツ農家、樽山久志さん(当時64歳)である。有機栽培に取り組んでいた父親の後を継いだ息子の和也さん(38)は、「父の自殺は原発事故でキャベツ出荷停止の連絡があった翌日でした。原発事故のテレビ映像を見ながら父は『福島の百姓はもう終わりだ』と口にした。辛さに気づいてあげられなくて悔しい」と語る。

弔慰金申請手続きは、役所の窓口で断られたものの、和也さんら遺族は、損害賠償を求めて、東京電力との調停を、原子力損害賠償紛争解決センターに申し立てを行なった。昨年6月、弔慰金支払いの和解が成立した。原発事故による自殺で因果関係と法的責任を認めた初めての事例である。被災者2600人が加わる「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟原告団長の中島さん(58)が語る。「原発関連死で多くの命が奪われたのに、一顧だにしない国や東電に怒りを感じる。再稼働すれば次なる人権侵害を生む。その危険性を避けたい」


『週刊朝日』


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