加藤のメモ的日記
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空売りは中毒になる
相場での売りの恐ろしさ……。 これは本当に経験した人でないとわからないと思います。私は20代半ばの頃、系統金融機関Nの債権ディーリングリームの一員でした。そこは課長以下6名のすばらしいチームだったのです。当時、Nの経常利益は300億前後でしたが、そのチームで年間100億を超える利益を出していました。その時のチームリーダーが「売り」の好きな人だったのです。
彼は資金証券部に配属されて間もないときに、債権の暴落にあって痛い思いをし、「次の暴落ではリベンジしてやる」と虎視眈々とチャンスを狙っていました。リーディングチームのリーダーになったときにその機会が訪れたのです。私はその時、隣のセクションだったのですが、彼の果敢な売り姿勢は水際立っていて、見ていて見事なものでした。
保有する現物を売り切ってしまうと、空売りを仕掛けてさらに大きな利益を得ます。そんな「売り」の大成功は人を酔わせます。暴落で皆が意気消沈している中で自分だけがうまくやった気分の良さと、短時間に大きな利益を得るという相乗効果があるからです。私も経験がありますが、アドレナリンが体中を駆け巡り、どんな快感よりもすごい快感がやってきます。
だから酔ってしまうのです。一度その特別な快感を味わうと麻薬中毒患者のようになってしまいます。すると何が起こるか?しょっちゅう底を叩きに行ってしまうのです。「ここを売れば相場が大きく崩れるんじゃないか?あの快感がまたやってくるんじゃないか?」そして私の在籍中に彼は何度かそうやって底を叩き、損を出しました。
ただ、彼は慎重な人でしたから致命傷になるようなことはしませんでした。しかし、相場の歴史では売りに酔った挙げ句に破滅していく人間は大勢います。その代表が岩本栄之助という相場師です。明治40年1月、日露戦争後の空前の上げ相場を叩き落とし、巨万の富を得ます。
大阪、北浜の老舗仲買店の御曹司で、本来は相場をやるような性格ではなかったのですが、上げで苦しむ他の多くの仲買店から懇請を受けて売り出動したのです。その岩本が売ったところが大天井になります。自分が売った瞬間から大暴落となったのですから、その快感たるや想像を絶するものだったと思います。岩本は儲けたカネと父親の遺産から、今の約80億円の100万円を大阪市に寄付します。その資金で建設されたのが今も中之島にある中央公会堂です。彼は大阪の英雄として讃えられました。
岩本はその後、第一次世界大戦の大相場にも「売り」で参戦します。岩本は陸軍中尉として日露戦争に従軍した経験があり、当時の陸軍特有のドイツ崇拝者でした。「ドイツに勝てる筈がない」と入った売り勝負でしたが私には売りに酔った人間の典型的行動に思えます。怒濤の上げ相場で大損を出し、万事休すとなり辞世の句を残してピストル自殺を遂げます。大正5年10月のことです。
その秋をまたで散りゆく紅葉かな
中央公会堂の地下には、岩本記念館があり、岩本ゆかりの品が展示されています。
今週の一言「投機的期待があれば、必ず空売りのチャンスはある」
『週刊現代』11.9
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