加藤のメモ的日記
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2013年08月25日(日) 佐藤優の人間観察

アントニオ猪木 参議院議員

7月21日の参議院選挙で当選した猪木寛至(アントニオ猪木)氏は、筆者が尊敬する政治家だ。猪木氏は、1989年から1995年まで参議院議員をつとめた。この時は「スポーツ平和党」の党首、つまり一国一城の主だったので、猪木氏は自由に世界を飛び回っていた。もっとも飛びまわる先は、サダム・フセイン下のイラク。ここで猪木氏は人質41人を解放した。他に北朝鮮、キューバなどの「ならず者国家」ばかりだった。

同時に猪木氏は、ソ連、ロシアに対しても、強い関心を持っていた。北方領土で「平和の祭典」を行なって、世界的に有名なプロレスラー、格闘家、ボクサーを呼んで興業を行ない、旧ソ(露)の信頼関係を強化し、北方領土返還の環境整備をするというのが猪木氏の戦略だった。ところで、猪木氏はソ連時代は内務省系ルート、ロシアになってからは学術財団を偽装する旧KGB(ソ連国家保安委員会=秘密警察)系の団体を窓口にしてモスクワにやってきていた。裏世界で生きる彼らは、率直に言って筋のいいロシア人たちではない。

猪木氏は国会議員なので、訪露するならば、外務省の業界用語で言うところの便宜供与(アテンド)をしなければならない。猪木訪露は「筋悪案件」と位置づけられていた。当時の渡邊幸次駐露大使は、「プロレスラーだろう。よく食うんだろうな。俺はそんなのとは会わないよ。君たちの方で適当に案内しておいてくれ」という態度だった。それだから担当官はいるも佐藤優三等書記官だった。筆者は、猪木氏に魅了された。それだから御縁が現在も続いている。当時の大使館では、東郷特命全権公使、政務班の森行使、篠田参事官は、猪木氏のファンになった。ちなみにプロレスファンで、時々試合を見に行く。

猪木氏は発言と行動の間の乖離が著しく少ない人だ。天から与えられた使命があると確信している。猪木氏にお願いして当時、エリツィン大統領の最側近だった、シャミールスポーツ担当大統領顧問との人脈をつけることができた。この人脈は北方領土交渉の環境整備に大いに役立った。モスクワで猪木から力道山に対する熱い想いを聞いた。恩師である力道山の気持ちを追体験したいというのが猪木氏の初心で、飛び込みで北朝鮮と人脈をつくった。北朝鮮は猪木氏を信頼し、カウンターパートナーは、北朝鮮のインテリジェンス最高責任者と言われていた故・金浴淳(キムヨンスン)がつとめた。

猪木氏は朝鮮戦争休戦60年を祝う軍事パレードに出席するため、7月25日から訪朝した。北朝鮮の序列ナンバー・ツーの金永南(キムヨンナム)最高人民会議常任委員長(元外相)のほか、国際関係を総括する金永日朝鮮労働党書記や、張成沢(チャンソンテク)国防委員会副委員長らと会ったらしい。しかし、これら表に出た報道とは別に、猪木氏は、金正恩(キムジョンウン)政権下のインテリジェンス機関とのチャンネルを開いたと筆者はみている。猪木氏の動静を注意深くウォッチしていれば、北朝鮮のインテリジェンスがどのような問題に関心を持っているかがわかる。


『週刊現代』8.17


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