加藤のメモ的日記
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死者へのシャンペン
私が大学生の頃、自由民主党の政治家で衆議院議長まで務めた大野伴睦が死去した。党内派閥の力関係を操ることが巧みで「寝業師」といわれた人だが、マスコミは各方面からの死を惜しむ声で埋められていた。その中で評論家の大宅壮一氏が「あんな政治家は死んでくれて、日本のためにはよかった」という趣旨の発言をした。死者に鞭打たないのは日本の美風と思っていた私は、そこまで言わなくてもと思った。ただその勇気には感心し、確かに公人の死に際してはきちんと評価すべきなのだろうと思った。
1997年、英国のダイアナ妃と恋人のアラブ富豪の乗った乗用車・ベンツがパリ市内のトンネルの壁に時速200キロで激突し、妃は36歳の若さで亡くなった。上品で美しい妃が来日した時はダイアナ・フィーバーだったし、絵になる彼女の世界各地における慈善活動はテレビで逐一伝えられていたから、亡くなった時はほとんどすべてのマスコミがダイアナ妃一色となり「聖女」と称えたりした。
悲報を受け世界中が悲しみに沈み、とくにイギリスでは全国民が喪に服しているような雰囲気だと伝えた。二人の息子がいながらひっきりなしに浮名を流してきた彼女に違和感を感じていた私は、報道の真意を確かめようと、ケンブリッジ時代の同僚で、少々というか、かなり変わっているものの常に鋭いコメントをする友人に電話した。
彼は「ケンブリッジはいつも通りで誰も喪に服してはいない」と言って笑った。「でも、妃の住んでいたケンジントン宮殿に弔意を荒をそうと集まった群衆を日本のテレビで放映している」と言うと「彼らの顔を見たかい」「いや」「インテリ層はいないはずだ」。ずけずけ言うのはイギリスにはムードに流されない人々も多くいるのだと思った。
先日、英国元首相のサッチャー氏が死去した。例によって彼女の功績に対する賛辞が我が国の各紙を飾った。キャメロン英首相の「平時における英首相として最も偉大」という言葉も伝えた。「真面目に働かず、ストばかりするという英国病を治し、レーガン大統領と共に冷戦を終わらせた大功労者」という評価だった。確かに新自由主義で英国病を終わらせた功績は大である。
しかし、不況を終わらせることはできなかったし、地方経済を疲弊させ失業者を倍増させた。必然的に発生した格差は今も国民を分断し、英国のアキレス腱となっている。それに冷戦の終結は共産主義の破綻によるもので、引き金を引いた主役はレーガン元大統領で、助演がゴルバチョフ。サッチャーは脇役の一人にすぎない。サッチャー在任の頃ケンブリッジにいた私は大学人からサッチャー批判をよく耳にした。
左の人は「伝統を壊しイギリスをアメリカにしてしまう」と言った。教育や医療にまで競争原理を導入することへの懸念も強かった。実際予算を大幅に減らされた医療制度は1年以上手術を待つ患者が十数万人に達するなどすぐに機能不全に陥った。教育改革の目玉となった公立学校に対しての全国統一テスト、順位公表、学校選択の自由などは優秀校のそばに裕福な人々が集まり、ダメな学校のそばには貧しい者が残されるという現象が広がった。
どちらもその後見直されることとなった。彼女の死がイギリスでどう扱われているかを確かめようと現地で研究生活を送っている息子に電話を入れた。「評価は完全に二分されている。ロンドン、炭鉱町ばかりか、さっきは僕の大学でもシャンペンを手に死を祝う集会が行なわれていた」と言った。日本の新聞も1,2日してから「イケネ」とばかり慌ててそれを伝え始めた。
『週刊新潮』5.29
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