加藤のメモ的日記
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”脱原発先進国”を目指して舵を切った、ドイツの取り組み
今も放射性物質を垂れ流し続ける福島原発の大事故を受け、ドイツやイタリア、スイスなどの国々が脱原発に舵を切ったのをご存じだろうか。そこに至る経過や背景まで知る人は意外と少ないのではないか。例えばドイツでは、福島の事故を機にメルケル政権が設置した諮問機関の提言が大きな役割を果たした。「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」である。
「エネルギー」と「倫理」とはずいぶんミスマッチな感もあるが、時に破滅的事態を招く科学技術の是非を倫理面から考察するのは意義深い試みであり、その提言は、あらためて一読する価値がある。未曾有の惨事を引き起こしながらじくじくと原発に拘泥する日本と比較すれば、彼我の差にため息をつかされるだろう。
ドイツでは‘2年、左派連合のシュレーダー前政権が脱原発法を成立させ、当時19基あった原発の順次廃止を決めた。ところが‘09年に発足した保守中道のメルケル政権はこの先送りに転じ、原発稼働年数を平均12年も延長する決定を下す。背景には産業界などの意向があり、ライプチヒ大学で物理学を学んだメルケル首相自身、原発擁護の立場だった。しかしフクシマが状況を一変させた。ドイツ内の反原発世論が高まり、3月末の州議会選で与党キリスト教民主同盟などは大敗を喫し、首相が原発政策見直しに本腰を入れたのである。
ドイツでも、日本の原子力安全委と類似の組織は「ドイツの原発は安全」と強弁したが、「倫理委」は別の見解を発する。「10年以内に原子力エネルギーから離脱すべき」と結論づけたのだ。これを受け、首相は‘22年までの原発全廃を宣言した。
倫理委には、与野党の政治家のほか、ドイツを代表する社会学者ウルリヒ・ベックを筆頭に宗教家、哲学者、経済学者ら、原子力とは無縁の知識人ばかりが名を連ねた。その理由を倫理委の提言はこう書く。〈福島の事故は、原発の「安全性」に関する専門家の判断への信頼を揺るがせた。問われているのは、制御不能な大被害が根本的に発生しうるなら、その可能性をどう扱うかということだ。絶対的な原発反対派に属さぬ人々でも、もはや答えを専門家の委員会に任せたくない〉
まったくもっともな認識だと思う。また、ひとたび事故が発生すれば地球規模の大被害を引き起こす原発に関し、倫理面からの検討を加えることは極めて重要な作業でもあろう。倫理委の提言を要約すれば次の通りだ。
〈原発事故が日本のようなハイテク国家で生じ、ドイツでは起きえないとの確信は消失した。福島で実証された通り、事故はほぼ際限ない被害をもたらす〉〈人間は技術的に可能なことを何でもやってよいわけではない。短期的利益で未来の何世代にも負担を強いるような決定は社会が責任を負うべきだ〉〈エネルギー転換は難しい決断と負担を伴うが、社会や経済にも特別なチャンスになり得る。各地域の決断に市民が参加するチャンスを与え、成功すれば他の国々に大きな影響を及ぼす〉
提言をまとめる際、倫理委は公聴会を開き、その様子はテレビで終日中継され、100万人以上が視聴したという。脱原発がたとえ困難を伴っても、ドイツの知識人は〈社会全体〉で挑戦しようと呼びかけ、政府もそれに応じる決定を下したのだ。
翻って”震源地”の日本はどうか。ドイツと同じ道を国民投票で選んだイタリアに「集団ヒステリー」と唾を吐いたのは、親の七光りでのし上がった野党の幹事長だった。与党の為政者も、福島の事故収拾のメドすらつかないのに「原発の安全性を世界最高に高める」と真顔で語り、原発輸出まで強行するらしい。挙げ句の果てに再生可能エネルギー普及のカギを握る調達価格等算定委員会に、最大の利害関係者である日本経団連幹部を就かせるという。どうやら日本には、「倫理」を追う真摯さなど一片もないらしい。
『週刊現代』12/24
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