加藤のメモ的日記
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2012年08月15日(水) 家人と同居して驚いたこと

人というものは付き合ってみないとわからないことが意外と多いものだ。20年近く前、家人と暮らす羽目になり、綺麗好きというか、ゴミひとつ落ちていない家に慣れるまで時間がかかった。同居した当初、私は毎日のごとく酒を飲んでいた。浴びるほど飲むという表現があるが、そんなもんじゃなかった。酒の中にひたって、普段でも身体がウィスキーと日本酒の煮凝り状態であった。

だから毎日が二日酔いで、目覚めたときは、私は誰?ここはどこ?こんな綺麗な部屋はあきらかに自分の住む場所と違うと、毎日あせったりした。

私の二日酔いの解消法は、ともかく水を飲む。そして朝から麺類を胃に流し込む。ひどい症状のときは肉も喰う。と言うのは、胃も胃壁もダウンしているので、すぐに彼らを働かせればいいという考えである。胃というものは胃事態に思考力がないはずだから、どんなにグロッキー状態でも、上から食物が入ってくると、連中は、さあ仕事だ、仕事だと動き出す。それが正常な胃に戻る近道なのだ。

水を際限なく飲み、麺、肉を流し込み適当な時にすべて吐く。これを毎日繰り返すのだが、多量の水は途中で当然のごとく下痢を呼ぶ。腹がゴロゴロくれば食べかけの麺を置いて、トイレに駆け込む。下からもアルコール分を出す。そうしてまた水、麺、そして吐いては湯船に入り汗を出す。

ある日、テーブルに麺を置いて、トイレに行き、戻ってみるとテーブルは綺麗に吹いてあり、麺が消えていた。「あれっ、麺を食べていなかったっけ?」なにしろ、私は誰?状態で目覚めるのだから、麺を食べてたのも幻だったかもしれないと思えた。「君、今、私、タンメン食べてなかったっけ?」などと質問すれば、とうとう酒で頭までおかしくなったかと思われるかもしれないと訊けなかった。たった10分前のことだから、こう見事に消えるはずがない。

「やはり麺を食べていたのは幻か……。」と玄関の方へいくと、なんと綺麗に洗って拭かれた麻布十番のT龍の器があった。「これって昨日の麺の器か?」私は台所に行き、「君、居間のテーブルにタンメンあったでしょう」と訊くと、「えっ、あれ途中だったの、ゴメンナサイ」と家人があわてて言った。「途中って、半分以上残っていたでしょう」油断もスキもない女だナ。

これも同居当初、家人がよく寝るので、仙台から彼女の母親が上京した時、なんとなしに言ってみた。「お嬢さん、よく睡眠摂られますね」「そうよ。あの子は10時間寝ないと頭がすっきりしない子なの。ご協力よろしく」「義母さん、毎日、10時間寝ていたら、24年間が過ぎたらお嬢さんは10年間寝っぱなしの人生になりますぜ」「そんなには寝ないでしょう」義母は笑って言った。




『男たちの流儀』 伊集院 静


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