加藤のメモ的日記
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治せないことを知る
「もう手の施しようがありません」そう言われて、「はい、そうですか」と受け入れられる人は、どれほどいるだろうか。目の前に迫った死に戸惑い、パニックに陥る。再発した肺がんで、抗がん剤治療を受けていた土井賢治さん(65歳)もそんな一人だった。抗がん剤が効かなくなり、副作用に苦しんでいた土井さんは、大学病院から日ノ出ヶ丘病院(東京・西多摩郡)のホスピスに転院してきた。モルヒネの投与によって一時的に症状は緩和され、土井さんは「何か治療をすれば肺がんを克服することができるのでは」と考えるようになっていた。
だが、その間もどんどんがんが体を蝕み、もはや抗がん剤に耐えられるだけの体力は残っていなかった。「肺がんを治してほしい」相談された同病院の小野寺医師が、もうがんを治すことはできないのだ、ということを告げても聞く耳を持たず、「ここにいる価値はない」と叫んで、妻の制止も聞かずに退院した。その後、土井さんは免疫療法や気候など、東洋医学が売りの病院などを訪ね歩いたが、どの病院でも、できるのは延命だけだといわれ、「治す方法がないのなら、すぐ殺すよう医者に頼め」と妻を怒鳴りつけて騒ぐまでになった。結局、最後は再びホスピスにかつぎ込まれ、混乱の中で亡くなっていった。
他人事ではないだろう。小野寺医師によると、余命数週間の状態になっても、どうしても死を認められず、「それでも何か手立てがあるのでは」と探し回り、治療にすがろうとして亡くなる人は、少なからずいるという。「手だて」とは何なのか。その筆頭は、「神の手を持つ名医」に診てもらうことかもしれない。
しかし、どんな「名医」も決して「神」ではない。そこにはおのずと限界がある。「名医」その人たちの話を聞くと、「がんの治療は限界だらけです。その限界を少しでも先延ばししようと研究が進められていますが、それでも限界はあるんです」そう話すのはガン・感染症センター都立駒込病院の名誉院長、森武生医師だ。大腸がん手術数は日本最多の2500例。5年生存率も世界でトップクラスというその世界の権威である。
森医師は、ほぼ助からないだろう、と言われた末期の大腸がん患者を手術したことがある。絶望的だった患者が術後8年を生き、最後は再発して亡くなっていった。「でも家族からは『再発を見逃すとは何事だ。医者の責任を追及する』と責め立てられました。私は何も言わず黙って聞いていましたが、心の中では、ずっと診てきたその患者さんに、『8年間は楽しく過ごせましたか』と語りかけていました。そんなものです。医者は神様ではないのです7から」医者は神様ではない。それは、患者から頼られることの多い名医ほど実感することである。
昭和大学横浜市北部病院副院長の工藤医師も、こう語る。「大腸がんの末期で入院していた30代の女性の患者さんは、入院中、枕元にお子さんの写真を飾っていました。結局そのまま家に帰ることもできず亡くなってしまいましたが、こういうときは『神様はやはりいないのか』とか、『どうしてこんなに若くして』と思わされます。
約半数は助けられない
がんには、ここから先は助からないという、冷酷なラインがある。「早期の大腸がんなら100%治ります。しかし、早期がんの場合、半分ぐらいは症状がない。だから気付かずに症状が出るまで放置すると、全体の2〜3割は肝臓など周囲の臓器に転移している。その場合は、助かることは少ない」だからこそ、症状が出てから名医を探すのではなく、定期的に内視鏡検査をしてほしいと工藤医師は力説するのだ。肝臓がんの権威で、99.9%という驚異の手術成功率を誇る医師にも、お手上げという状態はある。肝臓ガン治療の日本赤十字医療センター院長の幕内医師は「私に過度の期待を持って来られる患者さんもいますし、中には『神の手で治してください』という人もいます。
でも肝臓がんの場合、医者にできることと、できないことは非常にはっきりしているのです。肝臓の画像を見ただけで、これは手に負えないというケースはいくらでもあります。その場合は正直に『進み過ぎています。もう治りません』と言います。私のところに来る患者さんの約半数はこのケースです。
東京ハートセンターの南センター長は「一番困るのは、患者が何を求めているのかがはっきりしない時だ」という。「命には限界がある。だれしもいつかは死ぬ。だからもう先が厳しいという病気になった時には、自分は何をしたいか、どういう形の治療なら本望なのかを自分で決めてほしい。手術によって仕事に復帰することを望むのか、息苦しさを取ってほしいのか、1年でも長く生きたいのか。患者が何を望むかによって治療方針も変わる。自分が病院に何を望んでいるのか、きちんと把握することが必要だと思うんです」
どんな命にも限りはある。医者にも治療にも限界があることを知り、自分の症状を客観的に把握したうえで、自分が医者に何を望むのかを明確にする。これが上手な患者になる心得といえるのではないか。
『週刊現代』10.29
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