加藤のメモ的日記
DiaryINDEXpastwill


2011年06月23日(木) 軍と息子の最終戦争

「69歳の金正日総書記は、、病身に鞭打って三男の正恩(28歳)の後継体制を固めるべく『最後の長征』に出た。先年9月に後継者として表舞台に立った金正恩は、今父親に万が一のことがあれば、クーデターに遭う可能性が高い。正恩の権力基盤である朝鮮労働党中央軍事委員会と、朝鮮人民軍の保守派長老の牙城で、金永春・人民武力部長(75歳)が牛耳る国防委員会との対立が、抜き差しならないところまで来ているからだ。それで金正日は、金正恩体制を盤石のものにすべく、決死の覚悟で訪中したのです」

金正恩は、昨年9月の朝鮮労働党代表社会で、党中央軍事委員会副委員長(大将)に就任し、名実ともに金正日総書記の後継者となった。最近は父親の経済視察にも同行している。それがクーデターとは、平壌の「奥の院」で一体何が起きているのか。‘08年8月に脳卒中で倒れた金正日総書記は、三男正恩の26歳の誕生日の宴席で、列席した幹部たちを前に事実上の「正恩後継」を告げた。

正恩はこの時、父親に対して「私は、我が国の経済を発展させたい。同じ社会主義国でも、中国のように豊かな国に変えたい」と抱負を語ったという話が伝わっている。実際、金正恩はこの2年余りというもの、経済問題への取り組みに専念してきたといっても過言ではない。正恩をバックアップしているのは、『朝鮮太子党』と呼ばれる北朝鮮の有力者の2世、3世グループである。正恩自らもスイスで教育を受けたように、彼らの多くは留学経験者で、海外の自由な空気を肌で知っている。そして彼らが共通して抱いている「国家目標」とは、祖国に中国式の改革開放政策を取り込み、経済発展させることに他ならない。

これに対し、金正日総書記が推し進めてきた「先軍政治」(軍事優先の政治)の最大の既得権者である朝鮮人民軍の幹部たちは、中国式の改革開放など絶対に受け入れられない。中国は改革開放によって軍人を100万人以上削減したり、軍のビジネスを厳禁したりするなど、軍の権限を大幅に弱めたからだ。

そんな朝鮮人民軍の保守派の頭目が、「『先軍政治』の名付け親」ともいうべき、金永春・国防委員会副委員長兼人民武力部長(国防相)なのである。金永春は金正日が内々に「後継指名」を受けた1ヶ月後、金正日総書記の67歳を祝う宴席で、「将来の金正恩新体制を全面的にバックアップする」との誓いを立て、金総書記から人民武力部長への指名を受けた。

金正日総書記にしてみれば、正恩には自分以外の強い後ろ盾がないため、朝鮮人民軍を掌握している金永春を国防相に昇格させ、『後見人』の役を託したのである。金永春は、過去30年近くにわたって、ひたすら金総書記の「汚れ役」を務めてきた。‘83年に韓国の全斗喚大統領らの暗殺をもくろんだラングーン事件や、美人スパイの金賢姫が実行犯となった‘87年の大韓航空機爆破事件など、金正日総書記の命を受けて国内外で数々のテロを主導した。

‘94年の金日成主席の「怪死」さえも、金正日、金永春コンビによるクーデター説」が根強い。金日成主席の死後、金永春は金正日のあらゆる”政敵”を粛清し、金正日時代の「先軍政治」を演出してきた。‘06年と‘9年の2度にわたる核実験も、金永春が総責任者である。一昨年2月の人民武力部長就任は、金総書記が、そんな金永春の長年の功績を称えたものでもあった。

だが、金永春が自分と同様に、当然息子のバックアップをしてくれると思いこんだ金総書記は、病気のせいで判断力が鈍ったというしかないだろう。金永春が支持するのは、あくまでも自己の権益を最大限拡大できる「先軍政治」であって正恩が構想する「中国式改革開放」は何よりも唾棄すべき政策だからだ。47歳もの年齢差がある金正恩と金永春は、世代的にも性格的にもまさに水と油で、一昨年の冬から2年以上にわたって、血で血を洗う「仁義なき闘い」を繰り広げてきたのである。

しかし、平壌「奥の院」の束の間の「戦闘」には終止符が打たれた。3月19日、NATO軍がリビアへの空爆を開始するや、リビアの独裁者、カダフィ大佐の”盟友”である金正日は、「明日は我が身」と震え上がった。それは前世紀末の東欧崩壊の際に、父親の金日成主席が、やはり盟友であったルーマニアの独裁者・チャウチェスク大統領の銃殺を見て震え上がったのと同じだった。

このリビア空爆で、がぜん勢いを得たのが、金永春一派だった。「リビアは核開発を放棄して、欧米におもねったからこんな結果を招いたのだ。だから我が国は、断固として核開発を進める。核武装してアメリカに対抗することによってのみ、我が国は生存していけるのだ」こうした主張が、北朝鮮国内で急速に勢いを得ていった。ちなみに、リビア在住の北朝鮮人労働者200人余りは世界で唯一、帰国を許されない哀れな外国人となった。金正日は彼らが北朝鮮に戻って「リビアの体験」を語ることを恐れたのだ。北朝鮮国内では、リビア情報を隠匿するため、携帯電話やパソコンの没収まで始まった。

今後の北朝鮮情勢は、ひとえに金総書記の健康状態にかかっているといえる。金総書記にもしものことがあれば、間をおかず北朝鮮の「リビア化」が始まることになるだろう。それは今後の日朝関係にも影響を与えずにはいられないはずである。


『週刊現代』


加藤  |MAIL