加藤のメモ的日記
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誰もが二度と体験することはないという意味で、人間にとって氏は「永遠の謎」だ。だからこそ、「死」を解明するアプローチは、綿々と続けられてきた。精神科医E・キューブラー・ロスが「死ぬ瞬間」を上梓したのは1969年のことだ。200人の末期がん患者にインタビューして「死にゆく過程」を明らかにした同書は、全米でベストセラーになった。それから40年―先端医学が捉える「死」の実像とは。
……ただ、視覚や発声、呼吸機能などがどんどん衰えていくのに対して、聴覚だけは死の瞬間まで保たれている可能性が高い。大津医師も数々の死の現場に立ち会ってきた経験からこう話す「死の数時間前となり、医学用語でいう“レベル300”つまり叩いたり揺らすという刺激や痛みに反応しない状態になっても、どうやら耳だけは聞こえているようなんです」
とにかく死に行く者は、家族が横になっていることをわかっているようなのだ。死の瞬間、意識が朦朧としつつも、遠くのほうで人の声は聞こえている。それはまどろみの状態を思い浮かべればいいのだろう。「どうやら死の直前に苦痛は少ないようです。たいていの方が、安らかにスーッと逝かれます」
東大病院放射線科准教授で、緩和ケア診察部長の中川恵一氏は、「死の瞬間の在り方として、日本人が理想としているのが、直前まで元気でいて、苦しむことなく息を引き取る“ピンピンコロリ”です。私は、できればがんで亡くなりたいと思っています」と語る。
08年度のがん死亡者は約34万人だった。日本人の2人に1人がガンになり、3人に1人がこの病気で死ぬ勘定になる。「ただし、それには十分な緩和ケアが必要です」緩和ケアでは、抗がん剤や放射線治療などだけでなく、医療用麻薬を用いて肉体の痛みを除去する。「がんの痛みは不要な痛みです。モルヒネで中毒になる、早く死ぬというのはウソで、かえって痛みをとったほうが長生きします」
「昨秋亡くなった元日ハム監督の大沢啓二さんがその好例になります。大沢さんは免疫療法を中止し、放射線治療を受けた後で、私と雑談を交わす緩和ケアを始めました。彼は死の2週間前までテレビに出演しています。歌いながら登場し、歯切れ良くコメントする大沢親分を見て、末期がんだと気抜いた視聴者は少なかったはずです」「がんは肝臓にも転移していました。転移すると治療はほぼ不可能です。本人もそれを承知していました」
中川氏はシニカルな意見を付け加えるのも忘れなかった。「それに死ぬのは一生に1回だけ。苦痛に満ちていても、もう2度と経験することはありませんから、安心してください」焼死は先に一酸化中毒が原因で死ぬので、肌が焼ける熱さと痛みは感じていないという。「最も苦しいのは溺死でしょう。多量の水を飲み、それが肺に入るばかりか、心理的にパニックをきたし、おまけに呼吸困難で亡くなるんだから……」
死の瞬間に「脳は幸福物質で満たされる」というのは、脳機能学者の苦米英人氏だ。「死を察知した脳はドーパミンや、エンドロフィン、セロトニンらの脳内伝達物質を多量に出し、”超気持ちいい状態”にします。lこれは自然死、他殺、自殺を問わず共通する幸福感です」死んだらどうなるのか、どこへいくのかという疑問も、死に関する重大なテーマとなる。医学者たちは、おしなべて「死んだらそれまで」と明快だった。しかし、誰もが死後の世界や宗教的見地を全面否定しているわけでもない。
これに関連して興味深い研究がなされている。昨年4月、スロベニアのマルボリ大学研究チームは、52例の心臓発作について調査し、死に瀕した状態で血中の二酸化炭素濃度が高いと「臨死体験」が起こりやすくなると発表した。また米国ジョージ・ワシントン大学の医学センターチームも、臨死の患者7人の脳波を精密に計測し「臨死体験」や「幽体離脱」のメカニズムに迫っている。
同チームは「血流の途絶えで脳の低酸素状態が起こったら、最後に一度、電気的な脈動を発した。その際に患者たちは強烈な感覚を得たはずだ」と報告した。臨死体験は洋の東西を問わず、強烈な光に包まれたり、魂だけが肉体から分離して浮きあがった、とか、先祖や物故者、神仏と出会ったという話が多い。
米山氏は苦笑交じりで思うところを述べてくれた。「科学的には、脳が壊れる過程で幻覚症状が起こるのだと思います。人類は多様性を持つことで生き残って来たから、世代交代として死が必要です。死で世代交代が果たせ、新しい遺伝子が出来上がり、また人類が生き延びていく。そう考えれば死は悲劇でも何でもありません」
『週刊ポスト』
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