加藤のメモ的日記
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2010年11月08日(月) 石油をつくる微生物

今中教授の研究は他の極限環境に生きる生物にも及んでいるが、その中で最も驚くべきことは、石油を作る微生物を発見したことである。極限微生物の一種に、石油の中に住み、石油を分解する微生物がいることは前から知られており、将来は石油で汚染された環境をそれで浄化することができるようになるのではないかといわれていた。

今中教授も、はじめは石油を分解する微生物を探していたのだが、静岡県で見つけた石油分解菌「HD−1」はある条件下では、石油を分解するのとは正反対に、二酸化炭素と水素から石油を作ることができるということを発見したのである。これは世界で初めての石油を作る微生物の発見である。これまで石油は、太古代の生物の死骸が堆積したものが、地質学的作用によって変成してできたものだといわれ、石炭と並んで化石燃料と呼ばれてきた。

しかし、微生物が作るものだとすると、これまでの石油の見方を全く変えなければならない。石油は今でも微生物がどこかで作り続けている、生きた燃料なのかもしれない。そして、石油を作る微生物のDNAを解析してその遺伝子を取り出し、バイオ技術で石油をもっと効率的にさせる方法を考え出せば、もう石油枯渇=エネルギー不足に悩まなくてもよくなるのかもしれない。

しかも、二酸化炭素を原料として用いるのだから、二酸化炭素による地球温暖化の恐怖からも逃れられ、一挙両得になるかもしれない。この一事をもってしても、バイオ技術の持つ恐るべきポテンシャルの大きさが解るだろう。

さらにもう一つ不思議な現象ある。それは大爆発の後に起きた、生物学的な異変である。一つは、爆心地周辺で起きた植物の異常成長である。爆心地以外では木が7メートルしか成長しない間に爆心地では同じ木が20メートルも成長するというようなことが起きた。もう一つは突然変異の多発である。例えば松の木の松葉は普通Vの字型の2本だが、それが3本になったり、4本になったりした。

植物学者として1961年以来調査に携わったトムスク大学のチャストコレンコは、爆心地でたくさんの草花類の変異を発見した。その多くの標本を見せてもらったが、「え、これが同じ植物ですか」と驚くほど、違う姿形になってしまった植物がたくさんある。松葉の2本が3本になったなどというのとは全く違うレベルの変化がたくさん出ているのである。姿形がそれだけ変わったものになってしまうということは、遺伝子レベルの変異が起きているということである。

案の定、花粉を採取してその細胞分裂時の染色体を観察すると、普通なら、きれいに染色体が倍になり二つの娘細胞に別れていく最も大切な有糸分裂の中期と後期に大きな変異が生じて染色体がぐしゃぐしゃになってしまったりする。彼女はこのような突然変異が起きやすい場所として、化学物質で汚染された場所、放射能で汚染された場所を選んで比較してみた。すると圧倒的にツングースカの変異率が高かったのである。

何がこのような変異をもたらしたのかはよく分からない。あのような大爆発はX線を発生させるという説がある。又彗星の核がX線を発している例も観察されているが、それをこの変質と結びつけてよいのかどうかわからない。しかし、驚くべき変異の発生率である。このデータを見ているうちに、私はダーウィンでは小進化は説明できても大進化は説明できないという進化論の有名なテーゼを思い出した。そして、大進化のカギはここにあると思った。

ツングースカ大爆発のような環境上の大異変があると、生物はかくも変貌をとげるのだ。進化史を過去にさかのぼってみても、恐竜が死滅した中世代の末期に大隕石、あるいは大彗星が地球に衝突して環境の大異変をもたらしたことが知られている。そのほかにも、進化上の大異変があった時期に大きな天体衝突の記録が地質学的に残っていたりすることがよくあることが知られている。

恐竜の死をもたらしたような大衝突は数千万年に一度というような確率でしか起きないものも推定されているが、ツングースカ大爆発程度の衝突は、2,3世紀に一度の割合で起きるはずだという。私はツングースカ大爆発の跡を、ヘリコプターをチャーターして2回にわたって上空からじっくり観察しながら、不思議な感慨にとらわれていた。

現場に行くまでは、専門家から、どうせ行っても大爆発の面影なんかいまさらとてもうかがえないよと言われていた。爆発以来、もう90年以上もたっている。その後に育った植物で山は覆われているから、昔の倒木なんかそれに覆われて見ようたって見えないというのである。

ところがが見えたのである。くっきりと見えるのである。山は全山雪に覆われていた。それほど深い雪ではないがあとで降りてみると20センチぐらいの雪に覆われていた。しかし雪の下に、たくさんの倒木が転がっているのが、まるでレリーフのように見えるのである。雪のない季節だったら森の緑や、地面の茶色に隠れて見えなかったであろうが、緑も茶色も雪が隠してくれて、かえってレリーフ状の倒木の存在だけがくっきりと見えるのである。降りて倒木に近づいて見ると、逆に意外に分かりにくい。しかし、ずっと空の上から引いてみると、見えないものが見えてくるのである。


『21世紀知の挑戦』 立花隆


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