加藤のメモ的日記
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「落札した金額を払うことはできない」3月2日、北京から突如飛び出した“支払い拒否“宣言が波紋を広げている。発言主は中国文化省の民間組織「海外流出文化財救出基金」の顧問を務めるツアイミンチャオ氏。彼は2月25日にパリのオークションで競売にかけられたネズミ(子)とウサギ(卯)の頭をかたどった銅像2体を3100万ユーロ(約39億円)で競り落としたばかりだった。
●競売を阻止するための非常手段だった
もっとも落札者本人が支払い拒否という行為に出たのはそれなりのワケがあった。問題の銅像は第二次アヘン戦争とも言われる1860年のアロー戦争時に中国(当時清国)から英仏連合軍によって略奪されたものだったのだ。ベルサイユ宮殿にあった十二支干支噴水は時計になっており、二時間ごとにその時刻に当たる干支か水が噴水し、正午にはすべての干支から噴水するという精巧なものだったといわれている。落札されたネズミとウサギは、まさにこの噴水の十二支像なのである。
それから約150年。二対の銅像は、世界的ファッションデザイナーであるイヴ・サンローラン氏のコレクションとなっていたが、08年6月、サンローラン氏が亡くなったために、遺品として競売にかけられることになったのだった。中国外務省は自国からの略奪品をオークションに出すことを非難。2月19日にはフランス側に無償による返還を訴えて、競売中止の仮処分訴訟を起こしていたが、パリの裁判所は「出品を認める」とする判決を下していた。
中国側からのこうした非難に対し、サンローラン氏のパートナーで銅像の所有者であるピエール・ベルジュ氏は、「チベットに自由を与え、ダライ・ラマ14世を彼らの領土に帰すなら、返却する」と発言。両者の溝が埋まらないまま迎えたオークションだった。落札したツアイ氏は、「競売を阻止するための非常手段だった」とハナからカネを払う気はなかったことを明かしている。
騒ぎの大きさに困惑気味のベルジュ氏は「銅像はこれからも手元に置く」とし、「今後は二度とオークションには出品しない」とする声明を発表。結局、十二支像は中国には戻ってはいない。
●戦争の歴史は、美術品略奪の歴史
総合美術研究所所長で美術評論家の瀬木慎一氏は、今回のように略奪された美術品をめぐる国家間の駆け引きは、決して珍しいことではないと指摘する。「人々は戦争のたびに美術品の略奪を繰り返してきました。戦争の歴史はそのまま美術品略奪の歴史でもあります。第二次大戦中のナチスによる美術品略奪は有名ですが、傀儡政権下のフランスでもユダヤ人からの財産没収という名目で、多くの美術品が略奪されました。さらにソ連軍によって大量の美術品を奪われています」
例えば、トルコのトロイア遺跡から出土した「プリアモスの宝」と呼ばれる8000点もの宝飾品についてはロシア、ドイツ、トルコの3カ国が所有権を主張している。「プリアモスの宝」については、遺跡のあったトルコも所有権を主張しており、三つどもえ状態のままロシアが所有しているのが現状だ。
このように、略奪美術品の返還要求には本来の所有権はいったい誰なのかという問題がいつもついて回る。「ミロのヴィーナス」にしても1820年に発見したギリシャの農民がフランスに格安で売却した歴史がある。正当な譲渡とは必ずしも言えないのだ。
日本にも宮内庁が所有する「朝鮮王室儀軌」について韓国からの返還要求を受けている。これは、朝鮮王朝の祭礼や行事の作法などが記されている儀典書で、1929年に朝鮮総督府から宮内省(現・宮内庁)に移されたものだ。これに対し日本政府は「国際法上の決着はついている」という立場から返還には応じていない。
1965年に日韓両政府の間で文化財・文化協力協定が結ばれており、このとき韓国に由来する国有文化財約1300点を引き渡しているため、すでに国際法上の決着はついているというわけだ。
「朝鮮王室儀軌」については現在も日韓双方の意見の一致を見ていないが、今後こうした返還要求が個人所有の美術品に及ぶ可能性がある。前出の瀬木氏が言う。「中国や韓国の美術品を所有している人は、民間レベルでも日本国内にかなりいます。今後も世界中で今回のオークション騒動のように、美術品の返還を求められる可能性は充分あります」実際、ここに挙げた以外にも世界中で美術品の返還要求は起きている。
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