加藤のメモ的日記
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| 2009年02月03日(火) |
映画「宮廷画家ゴヤは見た」 |
舞台は18世紀末のスペイン。ある裕福な商人の娘イネスがレストランでの食事で豚肉を食べずに残してしまう。嫌いだったから食べなかったのである。ところがこれが豚肉を食べない習慣のユダヤ人であると、密告されてしまった。そして異端審問にかけられ、両手を後ろ手にしてロープで吊るされるという拷問にかけられる。
拷問の苦しさから逃れるため、先祖がユダヤ人であると嘘の告白をしてしまい、牢獄へ入れられる。わが娘を救うため、父親はカトリック教会の神父・ロレンソに莫大な寄付金を申し出る。
しかしロレンソにはそんな権限はなく、異端審問所長はイネスの釈放を許可しなかった。やがてイネスはロレンソの子供を身ごもる。ロレンソは国外に逃亡した。時は流れフランス革命が起こり、ナポレオンのフランス軍がスペイン侵攻する。そして異端審問は禁止され、牢獄に繋がれた多くの人々は解放される。イネスも解放されたが、長い間の拷問と悲惨な牢獄暮らしで、廃人のように変貌した。その演技は息を呑む。ちなみに彼女はハーバード大学をオールAで卒業したということだ。
異端審問という不条理な制度により運命を狂わされた少女と、彼女と関わりを持ったことで波乱の人生を歩むこととなったカトリック神父。時代に翻弄された二人の男女の数奇な運命が、宮廷画家ゴヤの目を通して描かれる。映像はすべてスペインで撮影されたという。ナポレオン軍によるスペイン侵攻や、広場での処刑シーンが生々しい迫力を感じさせるのは、スペインの歴史的町並みや、建造物を駆使したロケによるところが大きい。
情熱と野心に溢れたロレンソには「ノーカントリー」のハビエル・バルディム、正気を失ってもなおも一途な愛を抱き続けるイネスにはナタリー・ポートマンが扮し、共に圧倒的な存在感を発揮している。スペインの天才画家・ゴヤの置かれた状況などが描かれる。筆一本で宮廷奥深くまで入り込む。晩年は耳が聞こえなくなり、この頃から「黒い絵」と呼ばれる評価の高い絵を描くようになる。その絵も出てくるが異様である。
……… なぜ異端審問所でユダヤ人であることを自白させられたのか。―かってスペインやポルトガルにはローマ帝国支配時代から多くのユダヤ人が住んでいた。キリスト教徒の支配下に入ってからは迫害されたこともあったが、イスラム教の支配下に入ってからは、ある程度の自由が保障された。
このイスラム時代はユダヤ人の黄金時代と呼ばれたほど、スペインのユダヤ人社会は繁栄した。ユダヤ人最高の哲学者マイモニデスも出た。商業のみならず文化の面でも大いに盛り上がった。ユダヤ人の学者たちがアラビア語に翻訳された古代ギリシヤ・ローマの古典をヘブライ語、ラテン語に翻訳したことで、近世ヨーロッパのルネッサンスの下地を作ったことである。
しかしこの繁栄はキリスト教徒の国土回復(レコンキスタ)で終わった。イスラム教を駆逐したスペイン国王は宗教的情熱からユダヤ人追放を命令した。1492年のコロンブスアメリカ発見と同じ頃である。多くのユダヤ人がポルトガル、オランダ、ポーランドからオスマントルコ帝国に逃れた。
しかしかなりのユダヤ人がキリスト教に改宗して、密かにユダヤ教を信仰しスペインにとどまった。この人々は「マラーノ」と呼ばれた。このマラーノを摘発するために設置されたのが異端審問所である。この異端審問所はこの映画に描かれたように残酷な拷問でマラーノを摘発し、火あぶりの刑にした。
画家・ゴヤも作品の内容が反キリスト教的だと異端審問にかけられたことがある。この映画は宗教の自由、表現の自由、言論の自由を抑圧し、恐怖で人々を支配した異端審問所がどんなものであったかが描かれている。
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