つれづれ日記
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| 2011年03月30日(水) |
ワカメとブラビーに給餌。家猫はまだ不調。姜尚中の話。 |
3匹の家猫に朝夕抗生物質の錠剤を飲ませるのだが、タイミングが合わずこれがなかなか難しい。特にトムは布団に潜り込んで朝からずーっと寝ているので起こして飲ませるのはかわいそう。起きてきたのでチャンス!とばかり飲ませると、トムは以前から薬吐き出しの名手なのだった。舌と口をクチャクチャもごもごと動かして咽喉から薬片を前方に押し出しペッ!うまいもんだ。(感心している場合じゃない!)
拾って何度もトライしやっと飲ませられたと思ったら、テキもさるもの、しばらくして少々の水やドライと一緒に吐き戻している。
食餌も療法食ばかりなのでサミーは殆ど食べずに寝てばかり。具合も悪いのだろう。雑種の猫たちは本来丈夫で自然治癒力も強いと思う。 だが、猫たちが健康でないと心が重い。
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しばらく前に停電をぬって図書館で借りてきた姜尚中著「在日」文庫版を読み終えた。あんなに有名な姜尚中氏だが著書を読んだのは初めて。図書館でも人気があって予約したのは去年だ。(「オモニ」はまだ400人くらいが順番を待っている。)
氏を知ったのは20年位前だったか「朝まで生テレビ」に颯爽と現れた。当時、我が母校の准教授だったのでオッ?!と思ったものだった。
で、「在日」は彼の自叙伝だったので生い立ちや生きて行くスタンスなどがよく判った。彼がドイツに留学していた頃、私もドイツにいた。当時親しくしていた留学生がやはり早稲田の修士で同じ頃、ローテンブルクのゲーテ・インスティチュートで語学研修の後、シュトゥットガルトへやってきた。その1年後、姜氏はローテンブルクの研修からエアランゲンへ行ったとある。きっと二人はほぼ同時期のDAAD留学生だったと思う。奇遇。
その2年くらい前、シュトゥットガルト大学構内で、コケシ人形のようなどこから見ても日本人!というような風貌の可愛らしい女性と知り合った。だが彼女は鄭(チョン)さんという韓国人だった。彼女は留学生だったが当時、韓国は看護婦を多数ドイツに送り込んでいたことを初めて知り驚いたものだった。
姜氏とはちょっと年代は違うが、赤軍事件に衝撃を受けたりほぼ同時代を生きた気がする。
昨日たまたまどこかのブログに姜尚中に言及しているのを見つけ、読んでみた。悪意がこもっていた。ブログ作者が学生の頃、ICU准教授当時の姜尚中氏が1回こっきりの政治セミナーをブログ作者の大学で持った。周到に準備された講義の後、質問時間になり、この「作者」はあろうことか、韓国人が名前の漢字を日本読み(例えば、姜尚中なら ガショウチュウとか)にされないように裁判に訴え勝訴したことについてどう思うか?などと質問したのだ?! 姜尚中氏は一瞬、表情を曇らせたがそれでもその場違いな質問に丁寧に答え、「作者」はその答えに満足した。だが、姜氏は「できれば本題(政治セミナー)についての質問をしてもらいたかった。」とつぶやいた。その後、他の出席者による本題の議論が活発になり、「作者」は出る幕がなくなった。ので、「作者」はいたく立腹し、ねちねちと嫌味を並べているのだ。バカか?!と思った。 大体、私怨から発して訴えても全く説得力がなく、「作者」本人の小ささ加減が露呈するだけだなあ、と自戒も込めてつくづく思った。 ことほど左様に恨みつらみ、不当な悪口の類は読者を不快にする。 それも、あからさまな罵詈雑言ではなく一見まともな論調を装って更にいやらしい。フジコ・ヘミングや渡辺京二(「逝きし世の面影」著者)もこんな手合いに慇懃無礼にこき下ろされていた。出る杭は打たれる。何かしら注目を浴びた人は必ず誹謗中傷されているらしい。
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午後7時20分に山手へ。 ワカメとブラビーは山の石垣で待っていた。庭園は真っ暗なので中で待つのは不安なのかも。以前は10時ごろになって初めて消灯されたので猫たちはもうそんなに遅い時間なのか?と勘違いして私の到着を待ちわびているのかも。
また先にタヌキの餌場に行き「こた!・・・」と叫んでおく。
ロッカー餌場でドライ3種、ウェット3種を並べる。豪華バイキング?! 家猫が殆ど食べない療法食もワカメたちはまあまあ食べた。2匹はいっぺんにガツガツ食べることをせず、階段下で一休みしてはまた遊び食べする。
U野さんがやって来た。久しぶりだ。被災地でなくとも心を痛めて落ち着かないと話し合う。ハクビシンがロッカー餌場にいたという。階段を上がって逃げて行ったとというが、おたぬを圧迫しているのでは?
片付けてハウスへ行く。カイロを替え水容器を置く。 タヌキの餌場に行ってみたら缶詰のみ食べられていた。おたぬが食べたと思う。余り餌を置いて去る。
ワカメもブラビーもいない。今夜は暖かいからどこかで遊んでいるのかな。
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