つれづれ日記
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2011年03月11日(金) ワカメ、ブラビー、たぬきたちに給餌。今日は大地震!

午後3時過ぎだったか、テレビで録画を見ていたら突然、激しい揺れが!慌ててNHKに切り替えると同時に停電!
揺れは長く恐怖心にかられ、トイレに避難。勿論ドアは開けたまま。
猫たちも右往左往しているがどうしようもない。余震も続く。

やっと収まり、ソファに戻る。猫たちも集まってくる。トムを膝に乗せ新聞を読もうとしたらまた大きな揺れがやってきた!トイレに避難。
ゆっさゆっさグラグラといった感じだったが、幸いなことに何も落ちず倒れても来なかった。リビングボードの扉が1枚開いただけで済んだ。

地震対策をしていない丈の高いリビングボードの中にはガラス食器や陶磁器が入っている。扉が開いてこれらが雨あられと降ってきては大変だ。手遅れだが、扉が開かないように透明テープを貼り付けて回る。

素晴らしい晴天で外はすごく明るいが、停電はいつまで続くのだろうか?夜になると困る。
と思っていたら玄関ドアを叩く音が。(停電なので勿論チャイムは鳴らない。)開けてみたら4号棟の若き友人、サナエさんだった(ネコロジーの支援者だった人)。近所の商店に電池を買いに行ったが心細くなってやってきたとのこと。携帯も家電も繋がらないし外部からは遮断されたまま「連絡難民」となった。
我が家の高級?ラジオはここではAMが入らないので何ら情報が入らない。

サナエさんが手回しのラジオ懐中電灯を持ってきた。不思議なことにそのAMはよく入る。だが、もっぱら宮城県の震源地の情報ばかりなので横浜のローカルな情報はなし。「心細いから後でまた来る」と言ってサナエさんは一旦帰宅。

5時半ごろ、我が家の男どもは渋滞を潜り抜け鎌倉から戻ってきた。ラッキーだった。信号機も停電し、激しい渋滞が始まっている。
家中の懐中電灯をかき集めると5個くらいあったので薄暗くはあるが何とか用は足せる。

何とかあり合わせで息子にだけ夕食を食べさせていると、サナエさんがやってきた。ひとりでは心細くてたまらないという。しばらくしてサナエさんの夫と連絡がついた。千葉の義父母とも連絡がついたが茅ヶ崎の実家とは繋がらないという。

8時近くになったので懐中電灯を手に2人で山手へ給餌に行くことに。
Pハイツ内も小学校も真っ暗で異様だ。懐中電灯とか細い月明かりを頼りに山手へ行って驚いた。

落ち着いて考えれば、電車も止まっているのだから当然なのだが、構内は帰宅できない生徒を迎えに来る車や、教職員の車でいっぱいだ。

ワカメとブラビーはハウスに入っていた。
タヌキの餌場にフードを置き、一声かけておく。
ハウスのカイロを取り替えてロッカー餌場へ。

喫煙室の出入りもあるし、道路も慌しく行き交う人や車が多いので猫たちは落ち着いて食べられない。

と、そこへスマートな初老の紳士が!と思ったら私服姿のU野さんだった。今日は非番なのだが、停電なので何か手伝えるかも、とわざわざ出てきたとのこと。心優しい人だ。
猫たちは昼間に給餌されたかもしれない。大分余ってしまった。
落ち着かないし、サナエさんが冷えてしまうといけないので、片付けてハウスへ。ワカメはまず水を飲む。

タヌキの餌場へ余り餌を置きに行ってみたら、既に缶詰だけはきれいに食べてある。こんなに騒がしいのにちゃっかりしている。

ハウス左に入ったワカメを一撫でして帰る。

1号棟から道路を渡って自販機の駐車場へと消えていった黄色っぽい猫が見えた。いつもの茶白猫らしい。多分、「あそこ」の猫だろう。

停電も解消し、電気のありがたみをひしひしと感じる。一方、いざ停電となると連絡ひとつ取れず孤立してしまうことも実感。

帰宅したサナエさんから「アナログテレビだが、砂嵐になって何も映らない!」とのメールが。我が家の地デジテレビたちは何ともないのだが・・・


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