つれづれ日記
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| 2009年03月18日(水) |
ワカメとゲンキに給餌。キジー欠席。シャチの話。 |
そろそろ給餌の支度をしようと思った午後7時ごろ、ふとテレビを見ると画面は教育テレビで、「人間とトモダチになりたかったシャチ後編」というタイトルが目に入った。ズルズルと見ていると、想像した通り最後は悲しい結末だった。
前編を見ていないので発端は分からないが、カナダ、バンクーバー近くの湾内に4年前、小さなシャチが迷い込んできて住み付いた。とても人懐っこいシャチでボートや船を追いかけては人間と遊ぼうとするそぶりをする。ルナと名づけられた。小さいというから親からはぐれた子供だったのだろう。
祭事を行ったりする先住民族はそのころ亡くなった有力者?の生まれ変わりだと信じている。役所や政治家、学者などがこのシャチの処遇を巡ってカンカンガクガク。シャチを捕獲して遠くへ移動させ、仲間の許に戻そうとする役人に対し、このままシャチと暮らしたいと願う先住民族はボートを繰り出し、あの手この手で捕獲を妨害する。
結局役所は捕獲を諦めるが、シャチに船を壊されたとか被害を訴える住民らは警察に被害を訴えたり、シャチの銃殺などを願う始末だ。
冬の大嵐をも無事にやり過ごしたルナだが、ある日、タグボートのスクリューに巻き込まれて死亡したとの一報が入る。が、その死の詳細、顛末は謎のままだ。
カナダ政府の意向や、その土地のやり方があるだろうが、私などが単純に考えれれば、やはりシャチは人間の生活の犠牲になってしまってやり切れない思いだ。先住民はスクリューなど装備していない昔ながらの手漕ぎのボートしか使わないからシャチとの共存は十分に可能だ。そうして先住民たちと遊びながら天寿を全うしてほしかった。
それが無理なら、そんなに懐っこいのだから水族館が引き取ればよかったのに。イルカセラピーならぬシャチセラピーも可能だろう。(鴨川シーワールドではシャチのショーが人気だ。)水族館で余生を送る方があんな悲しい死に方をするよりよっぽどましだと思うのだが・・・
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で、午後8時に山手へ。気温は高いが風がある。 ワカメとゲンキが山の中の別々の場所から降りてきて、挨拶を交わしている。庭園餌場へ着いてもまた挨拶。
カリカリ少々とdbf缶、レトルトを与える。
私が立ち上がるとすかさずワカメが新聞紙をバリバリ。毎日クセになったらしい。儀式になってしまっている。爪が鋭く伸びているので2〜3撃でビリビリにする。
給水して帰る。
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