つれづれ日記
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2003年03月04日(火) 「山手猫の歴史」写真をアップ

写真を実物より大きくPCに取り込み、ページを4枚作った。そうしておいて集合写真の白黒縞猫の柄を注意深く、小桃とラッキーの柄と比べてみた。そうすると、パンダに頭を舐めてもらっている中猫は現・ラッキーと判明。

いなくなったアレックス(小桃の息子)とそっくりな仔猫も左前足の白模様が僅かに違うので別猫だということがはっきりした。M浦さんの話ではアレックスはまだ3歳だというから、Y野氏の5〜6年前の写真に写っている筈は勿論ないのだが。

8年前の写真に既に、花子やM浦家のフク(このあたりから救い出した猫)にそっくりの猫がいる。

パンダと、パンダそっくりのメス猫(仮にパンダ姉としよう)が2匹で毎年せっせと仔猫を産んでいたようだ。そうして死ぬ仔猫が殆どだったという。4年位前にJ先生がY野氏など隠れ猫シンパさんとの接触はおろか、Y沢氏、M浦さんのことも知らないまま、パンダとパンダ姉、スミオ、ポパイ、ラッキー、アレックスなどを開院間もない犬山動物病院へ手術に持ち込んだのだった。残念ながらパンダ姉はお腹に胎児を抱えたまま、手術時に絶命したという。このことは若い院長にもJ先生とJ先生の幼かったお嬢さんにも未だに消えないトラウマとなったようだ。

が、昔の写真で見る通り、パンダとパンダ姉が10年近くも産み続けた猫のうち、現在残っているのはポパイ、スミオ、フク、ラッキー、小桃(多分パンダたちの仔)だけだ。そう思うと昔の写真を見るのも切ない。

一方、ワカメと小桃もせっせと産み続けたが、現在残っている子供は、ハイシロー、コロンと花子だけだ。M浦さんは仔猫たちがカラスなどにやられてしまったのを目撃し、ひとりで捕獲、手術に乗り出した。そして、小桃、ワカメ、急に現れたさくらとかりん、小桃の娘花子を術後の1週間の預かりまでやってのけた。エライッ!

J先生、M浦さん、その他の餌だけやり人などが1年前までは、バラバラに存在していたのだが機は熟していた。だから、通りすがりの新参者の私が音頭を取っただけで「山手ネコロジー」があれだけの短期間に纏まったのだ。「山手ネコロジー」の成功はやはり、善意と幸運とがタイミング良くドッキングした稀有な例だ。どこでもこんなにスンナリいく筈はない。

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今夜はとても冷えるというので小桃の餌場へは厚着をして出かけた。軽い上り坂を早足で歩くと暑くなってきた。午後9時頃だが、小桃たちはとても空腹だったようだ。そこへ山手からゲンキだけがやって来た。いつもはゲンキが大嫌いな小桃、すぐに逃げてしまうのだが、空腹なので新黒とともにゲンキを威嚇しつつ食べている。

ゲンキには少し離れたところで缶詰を開け1缶丸々与える。カリカリも。ライトでゲンキの顔を照らすとやはり右目から茶色の目やにが垂れている。新黒は両目だ。彼には抗生物質投与を再開した。

ゲンキの目やには学院の生徒たちも気になるようで、J先生に報告。そしてJ先生は私に報告。1月には1ヶ月に渡り、消炎剤をゲンキと新黒に与えたが、最初ちょっと改善したかに見えたのだが、結局は元通りになってしまった。

が、もう一度、犬山動物病院の院長に相談してみよう。


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