つれづれ日記
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| 2002年09月21日(土) |
慶応大学日吉校舎視察 |
慶応大学日吉校舎内には捨て猫、捨て犬などが絶えず、大学当局は業者を雇って再三に渡り「駆除」を行ってきた。その惨状を見かねて世話をするボランティアさんとの間にも悶着があったらしい。が、数年前に強力な愛護団体が仲に入り、不妊・去勢手術をローラー作戦で行った結果、以前は150匹を下らなかった捨て猫が現在では50匹ほどになっているとか。
その猫たちを手厚く世話しているボランティアさんの知己を得、我が「山手ネコロジー」の☆☆学院対策の参考にしようと、上記餌やり視察ツアーを計画した。 「山手ネコロジー」からはJ先生、M本氏、S井の3人が日吉まで出向いた。(Y沢氏は所用あり、M浦さんはギックリ腰悪化で欠席)
港南台駅4時20分集合。電車の接続はとんとん拍子で桜木町乗換え、日吉駅には5時過ぎには着いてしまった。M本氏はカメラ片手にあちこち歩き回っている。出迎えてくれるHさんは猫雑誌「猫の手帖」最新号の『平成猫バカ列伝』に取り上げられている。なのですぐにどの人か分かった。Hさんと仲間のSさんも来てくれていた。
すぐに餌やりに出発。慶応の警備員室は大きく、人数も多い。その警備員室の裏手にギッシリとカナダ製の猫缶トール缶が積み上げてある。その下がスチール製の引き出しになっており、カリカリがこれまたどっさりと入っている。つまりそこは公認の食料貯蔵場所なのだ。最初に度肝を抜かれ溜め息が出る。水もそれぞれの餌場で調達できるとのこと。
慶応の中はお掃除が行き届きチリひとつ落ちていない。敷地は☆☆学院の5倍くらいだろうか。もっとかもしれない。最初に木陰の植え込みの餌場に行く。薮蚊が襲ってくる。いつもより時間が早いので全員は揃わない。次の2箇所は人気のない寂しい場所だ。ア、ハイシローだ!アニーだ!スミオだ!と「山手ネコロジー」猫とそっくりの猫たちを見つけて我々は歓声を上げる。
最後の3箇所はHさんひとりが365日、朝夕餌やりをしている場所だ。Hさんの与える餌の量はハンパじゃなく多い。だから猫たちは太っていて餌を争ってガツガツするようなことは全くない。餌場も2箇所は校舎のすぐ側で、猫たちはベンチで寛いだり、堂々としている。フードつき猫トイレに手を加えた冬用猫ハウスも5個置いてあった。夏場は食料庫になっている。学校側からそういうことが許可されていることにM本氏、感心しきりだった。Hさんに同行したSさんは途中で帰って行った。
厚遇されているように見える猫たちだが、酔っ払った学生に蹴り上げられ脾臓破裂の重症を負った猫がいて、Hさんの手厚い看護のおかげで元気になっている。ホルモン療法の副作用でボテボテに太っている。その猫だけ豆アジをたくさんもらっていた。何だか我が家のロミを思い出し、触らせてもらった。学校は清掃と植栽に大金をかけているそうで、植木屋が猫を虐待する可能性もあるとのこと。
校舎も立派で想像以上にきれいな構内だったが、夜なので校舎の写真は撮れなかった。餌やりツアーを終えると7時だった。駅ビルのカフェテリアでHさんと歓談する。百聞は一見に如かず。来て良かった。Hさん、有難うございました。
9時前に港南台駅に帰り着き、M浦さんに電話する。帰りに寄ってほしいというので彼女宅に行く。M浦さんが餌やりをしてくれることになっていたが、一息ついて一緒に出かける。猫たちは私の顔を見ると缶詰をもらえるものだと思っていてカリカリだけでは承知しない。が、持っていないのだから仕方がない。
小桃の駐車場へM浦さんと一緒に行くと、「新黒」はいなかった。が、「山手猫階段」の猫たちがゾロゾロと従いてきた。何とバニーまでがいる!そのままそこでM浦さんと別れる。スミオなどは、道路の真ん中に座って不満そうにこっちをいつまでも見続ける。やっぱり、缶詰なしでは「山手猫階段」へは行けないなあと痛感する。例え週1回や2回でも行く時にはたっぷりの缶詰を持って行ってやろう。
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