++るうの独り言++
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2002年01月15日(火) 久々に電車の旅をして・・・

思いが巡る。

まだ現役の「鉄子」だったころ
『八甲田』という夜行急行に乗り、上野から盛岡に向かう。
到着まで約8時間。

時間はあるが金がない、という学生の節約術として
私は夜行にのりこむとき必ず多めにおむすびを作って持っていくことにしていた。
夕ご飯と夜食と、もし残ったら朝ご飯にも。

列車が動き出して、お腹のなかに2個ほどのおむすびを入れ、
ちょっとくつろいでいたとき、
隣の席に、私より4つか5つ上の男性が腰をかけた。

旅行では見知らぬ人との会話も楽しい。
んが、その時は楽しくならなかった。

聞けばこれからふるさとの盛岡に帰るところだそうな。
一旗挙げようとでも思って故郷をでてきたのだろうか。しかし今は夢破れて、この列車の代金を払った後もうポケットには十円玉が数枚しかなくなってしまったのだそうな。朝からなにも食べてないそうな。
「都会は・・・冷たいよね。住みづらいよね。人のすむとこじゃないよね。」
都会(東京)で暮らした時間に対して、長々と愚痴をこぼす。

東京人の私は、持参のおむすびを差し出した。
「召し上がります?」
「いいの? ありがとう!」
彼はあっという間に3つを平らげてしまった。
食べながらも「都会は冷たい、意地悪だ」と言いつづけていた。

・・・私は
彼が気の毒になってお結びを差し出したわけではない。
汚い言い方をすれば、
私はそのときそのおむすびを乞食に与えるように奴にくれてやったのである。
私はその時、彼を非常に軽蔑したのである。

「都会」は冷たいというが、じゃあ、あなたは本心で都会に骨をうずめる覚悟でやってきたのか? 東京に住まう私にはこれほど素敵な街はない!
あなたこそ「都会」に冷たかったのではないか? 最初から都会を受け入れない態度の人間を優しく扱うほど都会はひまではない。
それは都会に限ったことではあるまい。

今お金がなくなっているけれど、「盛岡に戻れば」それでも大丈夫、受け入れてくれる者がいるはずだという甘えをひきずって故郷にかえるってことではないか。

30近いいい年をした男が、なんて情けない甘ったれた姿を、初対面の人間の前でさらすのか?
プライドもないのか?

私は静かに怒り狂った。
彼が海苔の匂いをさせつつ愚痴るのを無視して、ラジカセのヘッドホンを耳に当てた。
(テープは枝雀の落語 *はは*)

・・・以降この手の愚痴をこぼす場合、みんなおんなじだと思った。
「私のことを誰もわかってくれない」
→「んじゃ、あんたは相手のことを同様にわかろうと努めたのか?」

「私は孤独だ! 私の周りには誰もいない!」
→「んじゃあ、孤独だ、と愚痴られている私はあなたにとって何?」

「友だちなんて表面だけの関係よね」
→「あんたがそういう気持ちで付き合ってるからだろ?」

私はこういう類の、悲劇のヒーロー&ヒロインを気取った、超甘えた愚痴が嫌いである。
「人を愛して親しまれずんばその仁に反(かえ)れ」とは孟子である。
私は彼の考え方が好きである。

#もっともいかなる場合も例外は存在するけどね(^^ゞ




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