遠い約束
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| 2004年07月14日(水) |
大嫌い、縛られるのなんて。 |
今更言うのも何ですが、
今日の日記は、 アタシの知り合いが読んだら、引くかもしれやんなぁ… なんて思ったりして(苦笑
まぁいいか。
最近のモヤモヤ。
何で、海やら山やらに行きたいのか。
もうね、色んなものに縛られたくないのね。
色々と、決め付けられるのが嫌なの。
「アタシ」という人間を、決め付けられるのが嫌なの。
だから、何も無い所に行きたい。
アンタは、○○やから。
アンタは、○○な人間やから。
だから、○○しなきゃいけない。
だから、○○した方がいい。
だから、○○しちゃ駄目。
・・・そういうのから、解放されたい。
「アタシ」を決め付けないで。。
アタシは、昔から冷めた人間だった。 人と関わりを持つのが苦手だったし、 「別に人となんて関わらなくていいじゃん」って思う人だった。 「集団」っていうのが、苦手だった。
実際、友達と関わらなくたって、 いくらでも1人でやっていけた。 友達なんて、要らないと思ってた。
保育園も、幼稚園も、小学校も、 別に友達なんて要らなかった。 実際、友達って言える人は居なかったと思う。
保育園のお昼寝とかの集団行動も、大嫌いだった。 本当に冷めた人間で、 「みんな、よくこんな所で寝れるよな」とか思ってた。 だから、1人で起きてた覚えがある。
勿論、幼稚園時代も、可愛げの無い子どもだった。 アルバムとか見ても、笑ってる写真なんて無い。 全てにおいて、冷めた目で見てた。 ほとんど、1人で行動してた。
時々、寂しいと思うことはあったけれど、 それでも平気だった。 自分の力で、何とかやっていけた。
小学校。
この時代は、中でも最悪だったかもしれない。 これまでと同じように、アタシは常に1人だった。
授業の合間の休憩、お昼休み、放課後、 常に1人で過ごしていた。
休み時間は、図書館か教室で1人で本を読んでいる そんな子どもだった。 ベランダから、遊具で遊んでいる子を 「ふ〜ん、よくやるよな」と思いながら見てる子どもだった。
楽しそうに遊んでいる子を見ていても、 別に、一緒に遊びたいとは思わなかった。 自分から、中に入っていきたいなんて思わなかった。 1人でも、十分やっていけるから。
友達が居ようが居まいが、アタシには関係なかった。 普段の生活は、問題なく送れていた。
こんな冷めまくりの子どもだったから、 他の人からは、よくイジメ(?)られた。
アタシ達の地区は、集団で登下校する日があったんだけれど、 その時には、団長さんや副団長さんに、 色々嫌なことを言われたりした。 どうでもいいようなコトを、グチグチ言われたりした。
悔しくて、家で泣いたことも多かったけれど、 「年上のくせに、あいつアホやな」っていう思いもあった。 「頭弱いんじゃないの?」って目で見てることは多々あった。
夏休みのラジオ体操。 アタシだけ、他の人から離れたところに立たされたり 出席しても、ちょっと遅刻したから「△」な、と 出席カードに「○」をつけて貰えなかったりもした。 他の人は、いくら遅刻してきたとしても、しっかり二重丸なのに。
そんなことをされて、悔しくも思ったけれど 「幼稚だな、コイツ」と、またまた冷めた目で見てたのも事実。
同級生も、そうだった。
ある日、アタシは風邪のために、 学校を遅刻して行った。
熱はあったけれど、午前中にクスリで何とか熱を下げ、 給食の時間までに、登校した。
だけど、あの同級生は言った。
「何や、学校来たん?もう来やんと思っとった。 別に来やんでも良かったのに。」
アタシは、あの日、あの子に言われた言葉を忘れてはいない。
これから先も、きっと忘れない。
保健室の前の、下駄箱のところで言われたんだ。 保健室の横の柱には、 身長を測るための、キリンの絵が描かれた紙が貼ってあった。 場所も時間も、、覚えてる。
とにかく、こんな子どもだった。 だからこそ、先生も アタシのことは「暗い子」と見ていただろうと思う。
そういや、小学校1年の時の先生は、 アタシと話なんてしてくれなかったな。 初めてアタシから先生に話しかけた時でも、 アタシの話は全く無視だった。
いつも目立つ、明るい子とだけ話をしてた。 積極的な子とだけ、先生は話してたっけ。
あの時アタシは、 「もう2度と、この先生には話しかけたりしない」 って誓ったんだ。
「友達の中に、自分から入っていきなさい」
みたいなこと、よく言われてたような気がする。 「明るくなりなさい」とか。 「もっと積極的に友達に関わりなさい」とか。
だけど、思う。
静かな子は、駄目な子なの?
明るい子だけが、イイコなの?
全員が、明るい子にならなければいけないの?
誰が、そんな価値観を決めたんだろう。 誰が、性格の良し悪しを決めたんだろう。
それが、いつも疑問で仕方なかった。
アタシの人生は、アタシが決めるんだ。 そんな価値観を、押し付けないでくれ。 誰に、その価値観を押し付ける権利があるんだ?
そう、いつも思ってた。
アタシも、やがて中学生になり、 この時になって、初めて「友達」が出来た。 アタシの初めての友達は「アサ」という子だった。
入学したての頃は、小学校の時のなごりがあり、 別に友達なんて出来なければそれでもいいや、と思ってた。 その分、馬鹿にされないように 授業だけは、勉強だけは、置いていかれないように しっかり頑張ろうと思ったりしたものだった。
だけど、その子はアタシに色々と話しかけてくれた。 これまで「アタシは1人でも大丈夫」と思っていたけれど、 何だかそれが、妙に嬉しかった。
アタシが変わったのは、おそらくそれからだと思う。 これまでは、アタシは「話さない人」だった。 だけど中学では、アタシは結構「話す人」になっていた。 アサの繋がりで、いっぱい友達も出来たし、 授業や部活での関わりの中で、新しい友達も出来た。
それが自信に繋がって、 自分から話すことも少しずつ増えていった。
高校時代。
アタシが通っていたのは、女子校だった。 ここでも、それなりに友達が出来た。
アタシが高校生だった頃は、携帯なんて持っていなかったから みんなの連絡先なんて分からず、 今ではもう、音信不通になってる人もいるけど・・ それでも、友達は居た。 今も、彼女らが三重に帰ってくる時には、 時々構ってもらっていたりする。
そして、大学。
今現在。
大学生になって、少しだけど アタシはまた変わったような気がする。
というのも、 自分から、人に話しかけるようになった。 言いたいことを、怖気づかずに言うようになった。
中学の友達に対しても、 高校の友達に対しても、 大学の友達に対しても、
アノ頃とは違ったアタシで、接するようになったと思う。 (目に見えなくても、アタシの中での意識は変わってんのよ:w)
他の人から見たら、 アタシはまだまだ「駄目人間」かもしれない。 「暗いな」なんて思われるかもしれない。 だけど、こうやって過去を追って見てみると、 アノ頃から少しは、変わったように思う。
アノ頃のアタシからは、 「友達と遊びに行く」なんてこと自体、考えられなかった。 1人でいるのが当たり前だったから。
ただ今も、アタシは気分屋なので、 過去の自分は、時々出現する。
友達が居てくれる今でも、 時々過去の自分が蘇る。
だから、もしも今大学で1人ぼっちになったとしても、 「それはそれでいいや」って思うだろうと思う。
大学は本当に、ある意味1人でもやっていける。 授業は、基本的に個人で受けるものだし、 強制的に、人と関わる機会は殆んどない。 出たくなければ、行事なんて参加しなければいい。 集団行動、しなくても良い。
勉強も、分からなければ 直接教授に相談に行けば、解決できる。 試験だって、勉強すれば単位は取れる。 いくらでも、1人で生活していける。
そんなことを時々思いながらも、 今、一緒に居てくれる友達に感謝してるのも事実。 「友達」が居てくれて、本当に良かったと思う。
助けられたこと、いっぱいあったから。 毎日を充実させてくれたのも、友達だったから。
「アタシから」積極的に友達になったのは、 実は、メグちゃんが初めてだったりする。 いつもアタシは「話しかけてもらう方」だったから。 中学・高校を経てきて、 友達を作ることに、少し自信が持てるようになったのかもしれない。 人と関わることに、自信が持てるようになったのかもしれない。
だから今は、自分から話しかけることも多い。 学校内ですれ違ったり、ばったり出会ったりすると 大体は声をかける。 人に話しかけることが、億劫じゃなくなったから。
これまでのアタシだったら、 教室や他の場所で、友達とすれ違ったとしても 気付かないふりをしていただろう。 「別に、話しかけなくてもいいや」って思っていたと思う。
その点、アタシの中では大進歩だと思う。
アタシは、今の生活に満足してる。
大学生活、アタシなりに満喫してる。
他の人から見たら、
「友達が少ない・もっと友達を作れ」と思われるかもしれない。 「もっと自己主張しろ」と言われるかもしれない。 「もっと出歩け」なんてことも言われるかもしれない。
だけど、それはその人の価値観であって、 アタシの価値観では無い。 そして、その価値観は、 人に押し付けられるものでもないし、 押し付けて良いものでもないと思う。
誰が「多くの人と関わることが素晴らしい」と決めた? いつから、それが常識になった? それは誰の価値観? それは、人に強要できるもの?
アタシは、そうじゃないと思う。
勿論、多くの人と関わる楽しさは知ってる。 大学祭でも就職活動でも、普段の生活でも、 それは実感してるし、分かってる。
だけど、それは強要されるものではないと思う。 アタシは、我侭だから 「多くの人と関わりたい」とアタシ自身が思った時にこそ 外に出向いて行きたいと思う。
自分が、そこから楽しさを見出したいと思った時にこそ、 それを実行したいと考えてる。 無理矢理に、出会いを求めたくはない。
人は、みなそれぞれだと思う。
行動派の人も居れば、 静かに過ごすことが好きな人も居る。
どちらが良いとか、 そんなことは、決めれるものじゃないとアタシは思う。
人とは、色んな人が居るからこそ面白い。
みんなが行動派だったら、大変なことになる。 みんなが自己主張していたら、大変なことになる。 勿論逆に、みんなが静かな人ばかりであっても、 うまく回っていかないと思う。
自己主張する人で、主張が通った場合、 その意見を受け入れている人が居るということを、 アタシは忘れてほしくない。
いい例が、これだろうと思う。 「アタシとモトカレさん」。
アタシは、モトカレさんの意見を尊重せざるを得なかった。 「いやだ」と思っても、 あの人の「別れる」という意見は、最後まで曲がらなかった。
あの人の思い通りになったのは、 「アタシ」という我慢する存在があったからだと思う。 アタシも同じように、いつまでも自己主張していたら 未だに、修羅場は続いていたと思う。
行動派(自己主張派)の人は、 陰で誰かが、自分の意見をグッと堪えているのかもしれないということを 忘れないで居て欲しい。
誰かが我慢しているからこそ、 自分の意見が通るのだということを忘れないで欲しい。
アタシは、さっきも書いたように 大学生活に満足してる。 決して、最悪なんかじゃない。 勿論、モトカレさんとのことは最悪に終わったけれど(トオイメ
アタシ本人が言うんだから、間違いない。 他の人に、良かったか悪かったかなんて、 決められるはずがない。 本当の部分を知っているのは、アタシだけ。
昔と今が、どれほど変わったのか それが分かるのは、アタシのみ。
友達にしたって、他の人にとっては少ないかもしれないけれど アタシの中では十分満足してる。 (実際、仰山居るんやけどな。新入生セミナーのお陰で:w)
何にしても、アタシを決め付けないで・・・。
アンタは、こういう人間だから こういうコトをしなきゃいけない。
アンタは、こういう人間だから こういうコトは、しちゃいけない。
もう、そういうのが嫌でたまらない。
束縛しないで欲しい。
アタシの好きにさせて。
親が子どもの心配をするのは分かってる。
心配してくれるのは嬉しいけれど、、
そんなのだから、いつもアタシは駄目になっていくんだ。
有りがたいことだけれど、、
過保護すぎる。
アタシには、アタシの生き方があるんだから。
少しずつだけれど、アタシも変わってきてるんだから。
もっと広い視野で、
もっと広い心で、
アタシの好きなように、させて欲しい。
アタシの生き方を、決めないで欲しい。。
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まぁ何が言いたいかって言うと、
今のアタシは、アタシなりに変わってきたんやぞーってコト。 今のアタシよりも、過去のアタシの方が 死ぬほど「根暗」な人間やったってコトやな(w
おそらく、アタシの過去とか 周りの人らは知らんやろけど('A`) てか、こんなことは、知らんでええことなんやけど(w
とにかく今は、友達がよーけおってくれて、嬉しいです。 ええ友達ばっかりやから、 アタシも色々と、ぶっちゃけて話せんねん。 自分から話しかけていけんねん。
そんな友達に、感謝。 これからも、何かと宜しくです。
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