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2005年10月31日(月)
『対話の回路』(その一)

『対話の回路』(新曜社)小熊 英二 (著)を読んで
村上龍、島田雅彦、網野善彦、谷川健一、赤坂憲雄、上野千鶴子、姜尚中、今沢裕の八氏との対談集である。いろいろ刺激をもらう本なのではあるが、今回は現代の改憲論の中のナショナリズムについて考えるヒントをもらったので、書いてみたい。

島田雅彦との対談に先立ち、小熊は『戦後ナショナリズムのスパイラル』と題し、『<癒し>のナショナリズム』(慶応義塾大学出版会)の中身を要約してみせる。それをさらに要約するとこうなる。戦後のナショナリズムを概観するとこのように単純化できるという。
<1>対米従属によりアメリカに対する不満が蓄積する。(石原慎太郎や「つくる会」)<2>(しかし面と向かってアメリカに文句は言えない)その代償行為として自衛隊増強や改憲、あるいは歴史問題が噴出する。<3>その結果として(改憲の地盤が出来ることでアメリカの要求は強まり、歴史問題でアジアの反発は強まるので)ますます対米従属が強まる。

これにはなるほどと思った。私は今まで改憲論者の『気持ち』が理解できなかったが、もしかしたら改憲論者も自分の気持ちが理解できず、ずっと「悪循環」のなかにはまり込んでいるのかもしれないと思ったからである。もちろん単純化による間違いは多々ある。もっともよく批判されるのは「代償行為」等、ナショナリズムをあまりにも「心情」として理解しすぎているということだ。それを踏まえたうえで読むなら、私は示唆に富む分析だと思う。

これに9.11後を考えて小熊はこう問題提起する。(この対談はアフガン侵略直後)今度自衛隊に犠牲が出たときナショナリズムはどのように反応するだろうか。最悪の場合、日本でテロが起きたときナショナリズムはどのように反応するだろう。最悪の場合、世界から孤立して自滅するのではないか。

小熊の解決策はこうである。『本当は冷戦が終わった今となっては、対米従属さえしていれば国際関係が乗りきれると言う路線そのものが限界に来ているはずなのです。アジア諸国はもうアメリカの言いなりに動いてはいない。アジア諸国から反発があるたびに対米関係に依存を深めるというは、日本ナショナリズムの悪循環をもたらすだけです。この状況を打開するためには、アジア諸国との間で戦後補償問題と歴史問題を解決して、日本が対米従属から開放されてもアジアのなかで信頼を醸成していくしかない』私はほぼこの説に賛成である。今やっと議論されてきた『東北アジア共同体』『アジア共同体』構想はその延長線上にあるはずだ。

ただ、この対談では小熊の先に書いた大きな見通しは見事なのだが、具体的な話になると、「皇室が憲法尊守を宣言してしまえばいいんだ。」等、(素人の私でさえ分かる)政治力学が全然分かっていない話で最後まで通してしまった。自衛隊に犠牲が出たときやテロが起きた時どうなるかも展開されずじまいだった。結局思想史の学者の話なのである。

民主党の前原代表がどういう理論でもって九条改憲を言っているのか、しっかり検討しなくてはならない。民主党の改憲案は国連主導の自衛隊活用なのであるが、彼が今の国際力学のなかでそれはつまりアメリカ追従と同じことだと分かった上で言っているのか、それとも反米ナショナリズムを目指して言っているのかで対応の仕方が変わるからである。
(05.09.19)