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2005年06月03日(金)
98映画ノートから「GODZILLA」

98.07.11 テアトル岡山 
「GODZILLA」
ローランド・エメリッヒ監督・脚本、ディーン・デブリン製作・脚本、
マシュー・ブロデリック、ジャン・レノ、ハンク・アザリア、ハリー・シアラー、
マリア・ピティロ、アザベラ・フィールド

 最初、爬虫類の目線から見た、核実験の映像が写る。GODZILLAなかなかやるじゃない。という印象で始まる。しかし、その後はどうしようもない。これは明らかに「ゴジラ」ではない。単なるジェラシックパークである。エイリアンの影響もあるかもしれない。フランスの核実験でイクアナが異常進化したGODZILLAと、アメリカの水爆実験で古代恐竜が異常変化したゴジラはそもそもが違うのだ。よって、日米軍隊がいかなる手段を使っても殺せ得なかったゴジラと違い、GODZILLAはF18のミサイルを何発も被って普通の生き物同様息絶えてしまう。GODZILLAと目と鼻の先まで主人公が異常接近してしまうということ自体が日本人にとっては神をも恐れない仕業なのだが、アメリカ人はそもそもGODZILLAに神を感じてないのだから、それでいいのだ。

《現在の感想》
この感想を観て改めて思ったのであるが、アメリカという国は絶対に自分の国の核兵器の「罪」を認めていないのだな、わざわざフランスの核実験にするところなんか、どうしようもない。

さて、鳴り物入りで始まったアメリカの「ゴジラ」映画を観た直後に私はこういう感想を書いたのだが、その後ほとんどの日本人が同じ感想を抱いていたことを知った。しかも、いかにも続編作ります、といった感じで終わったにもかかわらず、ついに続編は作られなかった。アメリカ人もこの「ゴジラ」は違うと感じたためだと思う。ゴジラは決して戦闘機ごときで死んではいけない。そのことにアメリカ国民も気がついたのだと信じたい。(最近の状況を見ると希望的観測に過ぎないような気もするが)

まるでアメリカ版ゴジラ騒動に決着をつけるように、去年の「ゴジラファイナルウォーズ」では、ゴジラが「ジラ」を二秒でやっつけたのは、かえすがえすも痛快ごとであった。