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2005年02月05日(土)
シュウの物語(3)長文です。

本来この日記は小説を書く場所ではないのですが、
この「シュウの物語」は(3)とあるように、前振りがあって、
私の韓国の旅レポートの付録として書いてきたものなのです。
あるMLに載せたものを、2004年2月〜3月のページに載せていますので、
できることならそっちに飛んで
(1)(2)を確認して読んだほうがよろしいかと(^^;)
今回あまりにも時間がたったので、
一応完結させるつもりで書いてMLに載せました。
ところが、読んだら分かるようにぜんぜん完結していません。
実はこの物語、私の壮大な大河小説のメモみたいなもので、
弥生時代、吉備の国を発った少年が、
朝鮮半島に渡り、(もしかして中国にも行き)
日本に帰って、卑弥呼の時代の倭国大乱を治めるという
構想なわけです。(ひや〜初めて構想をカミングアウト^^;)
去年一年は「メモ」を書いていくうちに、
構想が膨らみ、どんどん不足部分が明らかになっていく一年でした。
私の毎日の読書や映画鑑賞は
この全10巻ぐらいになりそうな小説の完成のためだ
といっても過言ではないかも。
いつか本当に小説になればいいなあ。
弥生時代の本格歴史小説はまだ未開拓な分野なので、
いいのができたら売れると思うんだけどなあ。
というわけでこの(3)は
シュウが朝鮮半島伽耶のクニに渡り、
初めて戦争にかかわる場面です。
確かに「メモ」ですが、
何らかの感想をいただけると嬉しいです。

(シュウの物語3)
そのクニの明暗をわける大きい戦闘は終り、我が小隊は勝った。終ってみれば、あまりにもあっけなかった。北のクニから来た侵略者たちは大国の兵法を習得していたらしく、兵士たちは規律よく統率され、その集中した攻撃はそれまでの個人の集まりとしての闘いでは到底太刀打ちできるものではなかった。我々がそのクニに着いたときは全ての住民は山に隠れ、若者の半分は殺され、重要な拠点は全て奪われていた。もちろん彼らの最大の目的である鉄の鉱山は彼らの手中にあった。しかし、もっとも重要な鉄塊を作るための技術者はこちらが我が遠くに保護していたし、作業所も彼らの来る直前に焼き払っていたので彼らがその鉱山から鉄を作るのはあと半年は無理だろうと思えた。将軍はその事を確認して、直ちに技術者を寄せ集め、そのあいだに私たちに一山禿るほどの薪を我らに作らせ(いくら鉄の斧があるからといってこの作業は死ぬほど大変だった)、あとはこの斧一つから基準値より一回り大きい矢じりを30作らせた。3000の矢じりが出来あがった。
シュウは大量の薪を焼き空気をいれながらどんどん温度を上げ、やがては鉄を溶かすまで上げる技術をしっかりと頭に刻ませた。問題は空気を「横から」入れるという発想と、鉄の解け具合で取り出すタイミングなのである。しかし問題はもちろん鉄塊を作る技術だった。鍛冶技術者の話に拠ると、鉄塊作りと加工では天と地ほど差がある、
「それゃあな、おめえ、若い者。一つの村を作るつもりで準備しないとだめじゃ」
という。
あまりにもそばにより過ぎて、何度も鉄の火花で火傷をした。でもそのおかげで鍛冶屋の親父と仲良くなれたのだった。親父は自分の殺された跡取りのことを思い出したのだろうか、シュウに親切丁寧に教えてくれた。矢じりをつくる工程は、斧は溶かして一本の細い棒にする。それを今度は同じ寸法で寸断する。出来た塊をひとつづつ潰していく。後はタガネでかたちを整えたら矢じりが出来あがる。石矢じりのように鋭くは無いが、遥かに重く固い。それをシュウは夢中になって見つめていた。それを観察していた将軍の目も気がつかずに。

シュウは弓の技術には自信があった。が、訓練はひたすら石剣を使って草山を突く練習であった。不満なシュウは隊長に文句を言った。
「私を弓隊に入れさせてください。私は大猪を一人でしとめた経験があります。どんなに速く疾って来る相手でも一発でしとめる自信があります。」
シュウはなんとしてもこの闘いで目覚しい手柄を立てなければならなかった。例えば相手方の将軍を射るほどの。そうでなければ、本来の目的である、カヤの王族に取り入り、鉄製作の秘密を盗んでくるという密命を果たしえないからである。
しかし長い間下積みしてやっと昇進したという隊長は、そんなシュウの気持ちも知らず、意外な事を言った。単なる若者の逸り心だと思ったらしい。
「速く自分の部署に戻れ。指示に従え。それにお前は既に弓隊だ。」
「えっ…。」
にやりと笑って、隊長は若者に諭す。
「われらの隊の弓隊は練習など必要ないのだよ。」

実際の戦闘でシュウは一度だけ弓を引いた。目標をめがけて矢を放つのではない。ひたすら空をめがけて、隊長の「よし」の声が聞こえるまで引くのである。しかしそれでよかった。鉄の矢の威力はすさまじかった。彼らの矢の届く距離より倍はあろうかと思う所からいっせいに放たれた約1000の矢は、彼ら右陣にまさしく雨のように殺到し簡単な木の楯は全て貫き、彼らの陣の約半分を一瞬のうちに壊滅させた。第2矢は左陣に向かった。結果は同じだった。
そして将軍が合図を送ると隊長の「突っ込めぇ」という叫びが聞こえる。我らの軍は闇雲に殺到した。

平原は夜間近のように暗かった。
南側の小高い山に本隊を置いた我が軍と、北側の尾根筋に本隊を置いている敵側との間には、一つムラも囲めるほどの草原が広がっていた。黒雲が低く降り、霧はなかなか晴れてはいなかったが、戦闘は昼過ぎに起こった。
相手の軍は1000人以上。この時代としては1国の国を滅ぼすには充分な軍隊のはずであった。何しろ1国の人口は500人に満たなかったのである。それに対する我が軍は200人足らず。これは一つのムラを守るための遠征隊としては異様に多い数ではあったが、相手軍との人数差は歴然であった。
しかし、闘いはわれらの軍が相手を追いこむ形で始まった。
鉄の矢じりの情報は相手側にも届いていたらしく、むやみにかかってこなかった。後から考えると相手側は森に逃げこむ手段もあったのである。そうすればこれほどまでも圧倒的な勝敗はつかなかったかもしない。
しかし、戦争はいつも一つの判断が決め手になる。結局敵は自らの軍の数の多さを過大評価し、鉄の矢じりを過小評価し過ぎたのである。
彼らは鉄鉱の山を放り出す事は出来なかった。結果、鉄鉱山を背景とするこの大きな平原が彼らの屍の墓となったのである。

木の甲冑で包まれた兵士が無数に転がっていた。半分死んでいて、半分は傷を負いながらうめいていた。もうもうたる水気がわだかまり、死塊が死体から離れようとしていた。死の匂いが満ちていた。馬が数体倒れ、戦車が横倒しになり、槍と矛が地面につきさっていた。楯が割れ、その下で矢じりが額をえぐっていた。戦意を無くした兵士は逃げおおせ、戦意を持った兵士と傷で動けない兵士が応戦してきた。
最初その男はシュウに向かって勇敢にも突進してくるように見えた。
年は三十ほど、髪はザンバラで、目は落ち込み、何かを叫んでこちらに向かって歩いてきた。木の甲冑は左肩が割れ、そこに矢が突きさり、右手には石剣を握っていた。
目と鼻の辺りが10才のころ家を離れて帰ってこなくなった父親に似ていた。
もちろん父ではない。
シュウは初めて人を突いた。
「助けてくれ」とか細い声が聞こえたが、シュウにはその意味を解することが出来なかった。
周りをのどや目や足を矢が貫いてぴくぴく動いているようないような生死の境にいる人間どもが充満していた。ヨッサムが大声を放ちながら、足を怪我している兵士の胸を突いた。剣が半分に折れる。とっさに相手の剣を奪って、のどに突き刺す。その姿を左隅の視界に納めながらシュウは父親にのその男ののどを突いた。突いた?それは突いたわけではない。まさに手を伸ばしただけであった。猪ならその剛皮を突くときには渾身の力が要ったが、少しためらなながら伸ばしたそのときはほとんど抵抗は無かった。しかし、剣をひくときに自分の麻の服を真っ赤に染めた。シュウは人を殺すのに腕力は要らない事を知った。
父親似のその男が叢に倒れたとき、シュウの中で何かが弾けた。
ヨッサムの背後から敵が剣を振ろうとしたのをなぎ倒すと、振り向き様に目の焦点も合わさずに突っ込んでくる若者の槍をすんでのところでかいくぐり、のどを切った。石剣で人を殺すのにはいちばん身体の中で柔らかい喉を切るのが一番である事を無意識のうちに悟っていた。シュウはこの闘いで四人の男の命を奪った。
闘いは2時間ほど続き、勝敗は決した。1000人の軍隊は我ら200人の小隊により100人程度に減らされ、敗走した。40人ほどが捕虜として残った。我が軍の死者はたったの34人だった。支石墓の事を教えてくれたあの老兵も相手相打ちになり死んでいた。
茫然として草原に立ち尽くすシュウにヨッサムは声を掛けたが、何も応えないのに豪をいやし遠くに去っていった。
気が付くと西の空の黒雲がまっすぐに切れて橙色の空が広がっていた。
黒雲は大きな平原のようだった。しだいと明るく橙に染まっていく。
一方自分の回りの世界は黄泉の国そのもののように思えた。
「あの天上の世界は穏やかそうだ」
のちに漢書を読むようになって、シュウはその状態の事を「平和」と呼ぶ事を知る。
しかしそのとき「平和な世界」は逆立ちをしていた。


勝利の宴会が始まった。敵の残していった土器や食べ物、文物に混じって、青銅で出来た大きな鼎(鍋)があった。十人そこらでは到底運べないような代物ではあったが、宴会でつくる肉鍋にはうってつけの鍋であった。複雑な鉤模様で飾られており、その中に彼らの神が垣間見える気がした。
このクニを護ってくれた軍隊に対し、クニの村民は総出で肉を用意し、宴を用意した。数人の乙女が琴と笛に合わせて朗々と唄いだす。まるで大河のように途切れることの無い見事な声量であった。ときに低く、ときに高く、英雄をたたえる歌を唄っていた。
ヨッサムは何人し止めただ、とかを興奮して話していた。シュウは肉汁の器を置くと人ごみから離れて、この村に一つだけある小さな石の支石墓の傍にたたずんだ。
手には夢から醒めたときになぜか握っていた青銅製の鈴があった。小さく鳴らしてみる。もちろん「彼」は出てこない。
「ごめん。あなたの願いがどういうものだったかは分からないけど、ぼくにはとうてい叶えられそうにない。ぼくは、故郷に帰ることは出来ない。」
シュウは墓の下に小さな穴を掘った。鈴を埋めようとしたそのとき、後ろから野太い声が聞こえた。
「ほお、珍しいものをもっているな。なぜ埋める。」
ほっそりとした体形に、茜色と藍色をくみ合せた絹の着物、満々と蓄えた髭の間から40過ぎとは思えない若々しい目が覗いていた。今日は鹿皮下着に鉄製の鎧は着ていない。将軍だった。
シュウは飛びあがるようにして直立した。
「そのわけはいえません。」
「ほうなぜだ。」将軍は相変わらず静かに笑っている。決してシュウをからかおうとか咎めようとかしている表情ではなかった。ただ、シュウにも覚えがある、止め様もない「好奇心」だけが現れていた。
「いっても信じてもらえないからです。」
と言ったあと、シュウはこの将軍ならだれも信じてもらえなかったあの不思議な夜の事を話してもいいかなという気になっていた。はたして将軍は「話を聞かない事には信じる信じないも無いなあ」と言った。
シュウは遠い東の国から命を賭して渡ってきた事、財産を全て海に流したので、カヤの国の有力者とも会えなかったこと、戦争で手柄を立てれば会えるかもしれないという事に賭けてこの従軍に入ったこと、途中の村の支石墓で不思議な体験をして、「われらの末裔が再びこの村にやってきて国に帰り平和な国をつくる」という伝承を「押し付けられた」こと、目が醒めるとこの鈴を握っていた事を話した。鉄の技術をもって帰るという密命だけは話さなかった。
「どれその鈴を貸してご覧」
シュウは素直に手渡した。
鈴は掌から少しはみ出るほどの大きさで、上辺に波模様、一つだけ小さく星のような印があった。
「ムサのクニか。」
「分かるのですか。」
将軍は少し考えてから、シュウにそれを返した。
「埋めないほうが良いだろう。しっかりもって置け。」
「どういういわれがあるのか教えてくれないのですか。」
「それはまたの機会にしよう。」
「またの機会はありません。私はこれでおいとまを貰い、この軍を離れようと思っています。」
「この軍で手柄を立てて、有力者に渡りをつけるというつもりではなかったのか。」
「その必要は無くなりました。もうクニに帰るつもりはありません。」
「なぜだ。」
クニに鉄の技術を持ちかえりたくないからだ、とは到底言えなかった。鉄製造の技術はおそらく将軍のクニにとっても根幹の機密なのだろうから。ただ、シュウにはこの技術を持ちかえった先のクニグニが、この戦争と同じように、一辺に1000人、いや下手をするとその十倍もするような大戦争になる事を怖れていた。シュウのクニの全員がそれで死んでしまう。シュウのクニでもそれまで戦争はあった。しかしそれは数十人の「けが人」が出たあとに代表者が出て英雄通しの一対一の戦闘で決まる事が多かった。死んだ英雄は矢を全身に打ちこまれ丁寧に埋葬された。
「…」
「おまえが鉄の技術をクニに持ちかえらなくても、いずれは誰かが鉄をつくるようになる。同じことだぞ。」
「…!!」
「どうして分かったのか、という事か。ばからしい。戦争のあとに暗くなる男の考えていることはたいてい、もう戦闘には加わらないというようなことばかりだ。それに付け加えておまえは鉄に相当の関心を持っていたからな。」将軍はニコリともせずに言った。
「その通りです。」
といったあとに、シュウは逃げにかかった。
「逃げなくても良いぞ。」
びくり、とシュウは筋肉が引きつった。
「鉄の技術なら私が渡りをつけてやろう。ただしカヤの都に戻ったあとだ。お前に公文書館の管理係をやってもらう。そこに鉄関連の公文書もあるし技術者もやってくる。」
「どうして…」シュウはまだ事態がのみこめない。
「お前の鈴に興味を持った、といえば上のほうも納得するだろう。もっとも本当の理由はお前はわしの若い頃にそっくりだというところなんだがな。」といって将軍は初めてカラカラと笑った。
シュウは将軍がさった後も茫然とたたずんでいた。それを木々の後ろから見守る影があった。先ほどの宴で唄っていた乙女の一人であった。