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2004年12月11日(土)
「安心のファシズム」 斎藤貴男

「安心のファシズム」岩波新書 斎藤貴男
04年4月突如まきおこったマスコミの論者含めた「自己責任論」の大合唱。おかしい。何かが変わってきている。ここ数年のうちに変わって来た「何か」を斎藤貴男は(たぶん全てではないだろうが)一つ一つ丁寧に示す。

幾つか新しいことばを覚えた。「コンフリクト・フリー」激しい摩擦が生じてもおかしくない重大な事態が進行しているのに、またそれによって大きな被害を受ける危険性が高いか、実際に受けているにもかかわらず、当事者の内面で葛藤が感じられなくなった状態をいう。ある音楽教師は「君が代を弾く40秒間、私はロボットになったつもりでいる。そうでなければやっていけない。」と語ったそうだ。ことは東京都教育委員会だけの問題なのだろうか。

「割れ窓理論」軽微な犯罪の予兆段階でも容赦しない。警察権力の徹底した取締り。確かにニューヨークではそれで犯罪件数は減ったのかもしれない。しかし、大事な事はその犯罪の原因を探り、その原因の除去に努める事だろう。根本から間違ってはいないか。日本では今アメリカ・ヨーロッパを真似してものすごい勢いで「監視カメラ(防犯カメラ)」が増えている。問題はそれを住民がなんとなく良い事だと認めているという事だ。

ジョージ・オーウェル『1984年』、エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』が何度も引用される。現代は古典をもう一度読む必要が問われているのかもしれない。過去から学ばなければ、未来は見えてこない。