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| 2003年10月09日(木) ■ |
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| 風景の切り取り |
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未だ終わることはないのだけど、「こんな文章でいいんやろか」という私の悩み(というか愚痴)を聞いた知人がこんな話をしてくれた。
たとえば、ピッチャーがボールを投げるというひとつのシーンがある。カメラを構えたとき、これをどういう視点から撮るのかは人によって違う。ピッチャーを撮る人もいれば、バッターから撮る人もいるし、キャッチャーから撮る人も、サードベースコーチャーから撮る人もいる。だから、どこを切り取ったか。それだけでもその人が書いた文章であるといえるんだ。
「私ならバッターに向かっていくボールにピントを合わせてあとは、わざとぼかして撮るな」などと考えながら、その話を聞いていた。わざわざ「自分はこう思った」と自分のことを出さないからと言って、「事実だけ書いた無機質な文章」になるわけではない。自分の視点に自信を持ちなさい。そう言われているような気がした。
最近、人から、「淡々とした文章になってきた」と言われる。「感動が伝わってこない」とも言われたことがある。なんでだろうと思ったけど、もしかしたら、今の私は自分のことにそれほど興味がないんじゃないかという結論に至った。それより、自分が見てきたものや、聞いてきた話そのものに興味がある。それを書くことが今の私のとっては、自己表現である。だから、以前から日記を見ていた人から見れば、「淡々としている」と思われても仕方ないかな。
体が動くうち、足が動くうちは、あちこちいろんな場所に行って、いろんなものを見たり、聞いたりしていたい。能書きをたれるには、まだ若すぎるもん。
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