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| 2003年10月04日(土) ■ |
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| 掛布雅之氏の講演会に行って思い出した記録に表れないキャッチボールのこと。 |
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地元の文化会館で、掛布雅之氏の講演会があるというので、行ってみた。しかも無料である。一体、どういうコネを使ってこんなことが実現できてしまったのか。28年間根を下ろしているこの町にも、まだまだ不思議なことが潜んでいる。実は、掛布氏を見るのは2回目。1回目は、『探偵ナイトスクープ』の収録を見に行ったときに、顧問としてスタジオにいたのだ。でも、今回は小さなホールだったので、そのときよりも遙かに近い位置で、顔や表情まで見ることができた。
会は、少年野球の選手が多数集まる中、トーク方式で話が進められた。掛布氏は、智弁和歌山の制服のようなブレザーを着ていた。普段テレビで見るのと比べて、はるかにかしこまった雰囲気があったからか、なぜか「高嶋監督に似ているなあ」と思いながら、ずっと顔を眺めていた。掛布氏ほどの有名な人だ。今更、ここだけという裏話もないだろう。でも、私は彼をそれほど知らないし、今年の日本シリーズの展望とかも読んでいないので、素直に「そうなんだ」と頷くことが出来たのは、幸いに思う。
さて、一番印象に残った話は、キャッチボールの話だった。掛布氏が初めて一軍の試合に帯同したとき、中村勝広氏がキャッチボールの相手をしてくれた。中村氏は、投げるときは彼が捕りやすいようにと、優しいボールを胸元に投げ、受けるときは彼の下手さを見せないように方向のはずれたボールでも手で捕りに行かず体を動かしてきちんと正面から捕ってくれたのだという。掛布氏は、「2軍では“ボールだけのキャッチボール”だけど、1軍の方がしていたのは“心のキャッチボール”なんですね」と語った。ま、“心のキャッチボール”という言葉はともかく、相手のことを考えたキャッチボールであることには間違いない。そのときふと思った。その一軍の方は、返球も大事にするのかな、と。
試合には、記録に表れないキャッチボールがある。それは、ピッチャーへの返球だ。1つのプレーが終わると、次のプレーを始めるためにピッチャーにボールを戻さなければならない。高校野球を中心に見ている私だが、このところ気になってならないことがある。
返球、雑になってませんか?下手ならともかく、雑なんですよ。私が高校野球を見始めたころ、テレビに映ってる野手(主にキャッチャー)は、ピッチャーにボールを返すとき、だいたい胸元に投げていて、その位置が極端に変わることはなかったように思う。ところが、地方球場やグランドで見るそれは、位置がバラバラなだけではなく、明らかに見当違いの場所に投げてたり、ボールを地面にたたきつけるように投げてたりする。単なるレベルの違いかな?と思ってたら、テレビで見る甲子園でもそれに近いことが起こっている。
そんな乱暴な返球したら、ピッチャーが余計な体力使わないといけないし、その返球1つにしてもスローイングの練習になるのにもったいないなあと思う。多くの指導者も“キャッチボールの大切さ”は口酸っぱく言っているのに、返球の雑さに檄を飛ばす場面には今まで出くわしたことがない。世の中にはいい加減な返球を突いて、果敢にホームを狙うチームだってある。今夏、京都大会で失敗に終わったけど、そういう試合を見た。野球選手の善し悪しの判断にはいろんな基準があるが、返球の存在も侮れないぞ、などと思う今日この頃である。
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