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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2003年05月25日(日)
長良川球場→岐阜総合学園→大垣商業

 ネタみたいな話。長良川球場に着いたら、ちょうど高校野球東海大会の閉会式が終わったところだった。今日は決勝戦。普通1試合だけなら、12時か1時からなので、それに合わせてきたのだけれど…。どうやら、試合は10時からだったようだ。そんな、殺生なぁ〜。事前準備を怠ったことが悔やまれる。(同伴者相方は、変にハイテンションで、「バンザ〜イ」を繰り返していた。つきあってたけど、ちょっと恥ずかしかった(苦笑)」)

 今日見る予定だったカード、浜松商業ー中京は、1−2で中京が勝った。電光掲示板がそう言っていた。また銀メダルか…。昨秋、浜商の父兄さんから聞いた“シルバーメダルコレクター”という言葉がふと脳裏によぎった。

 せっかく来たんだから。せめて、『ヒットエンドラン』の管理人さんや春浜商に行ったときにお世話になったみなさんにご挨拶だけでもと思い球場内をうろうろした。場内をさまよっているとき、いろんな声が耳に入ってきた。「惜しかったなあ」、「一打同点ってところまでいったんだけどなあ」、「ま、勝たなくてよかったよ(※東海大会優勝校は甲子園に行けないというジンクスがあるらしい)」、「よくやったんだけどさあ」…。そんな言葉で試合の様子を把握するのも悪くないなあなどと思いつつ。

 結局場内では姿を見つけることができず、場外でそれらしき方がいたので、声をかけてみた。「あのぉ、○○さん(『ヒットエンドラン』の管理人さんの名前)ですか?」。ところが、よにもあっさり「違います」という答えが。あっちゃー、収穫ナシか。

 すると、そばにいたおばさんが、「○○さんなら、今日はこれないって。昨日は来てたんだけどね」とフォローしてくれた。その上、「あんた、前に(浜商の)グランドに来てたよね。遠くからありがとね」と私のことを覚えてくれたいたおじいさんがいて、ちょっとうれしかった。

 時間が精一杯余ったので、どっかのグランドに行こうということになった(というか、した)。それじゃあ、岐阜総合学園やろ。というわけで、携帯ナビをフル稼働させて(電池くうわあ)同校のグランドを目指した。岐阜市郊外の川沿いを走り少ししたところ、民家に囲まれた場所に同校があった。グランドではタイミングよく練習試合が行われていた。グランド沿いの道路は交通量が少なく、路駐してある車の何台か。

 グランドの隅にフェンスと同じ素材でできた扉があったけど、開いていなかったので、フェンス越しに試合を見ていた。側には父兄さんが飲み物を作るための場所があり、何人かのおかあさんたちがそこから試合を見ていた。ネット裏にはスタンドがあった。ここも靴を脱いであがる方式だった。フェンスのすぐ向こう側では選手が素振りをしていたり、筋トレをしていた。グランドの中に入らずして、ベンチの様子やブルペンの様子がわかって、私的には「助かった!」って感じ。グランドの広さは、普通。

 せっかくだからと外野から見たいと思い、校内に入った。そこで、同校が県立校であることに気付く。県立やのに学園か…。昔、友達の書いた小説に、“府立○○女学院”を書いてあったから、「公立校にそんな校名ないわ」と馬鹿にして言ったことがあるが、そんな私に天罰が下されるのも時間の問題かもしれない。

 相方くんはグランドより、隣にあるホッケー場の設備のすごさが気になるようで(確かにすごかった。目に鮮やかな真緑の芝生が)、「すごいなあ」、「うらやましいなあ」としきりに言っていた。相方は、高校で運動をやっていた。そんな彼にとって、グランドは見るものではなく、プレイする場所。当然、目線も「ここのグランドでプレーできたら」という感じになる。私には持てない視点なので、同伴者としては大事な存在かもしれない。

 試合でも当の岐阜総合学園より、対戦相手校に興味津々だったようだ。変則フォームのピッチャーが2人いて、「某H高校やったら、まず打てへんやろなあ」などと言っていた。最近、どこで試合を見ても、すぐ「もし某H高校と対戦したら…」と口にする。なんや、好きなら好きって言ったらいいのに。

 一路、京都へ向かう。国道22号線を走っていた。道中のカーラジオでは、阪神戦。対戦相手・ヤクルトのピッチャーが、山本樹から河端に代わった。そのとき、進行方向右側に「岐阜県立大垣商業高等学校」という看板が見えた。このタイミング、何かの因縁かいなと思った。学校もグランドもかすかにだが、視界でとらえることができる。行きしな通りかかったときには、試合がやっていた。遅すぎるかもしれないけど。何かみれるかもしれない。相方に脇道に入ってもらうように言った。

 グランドに着くと、すでに試合か練習だかが終わったあとで、制服に着替えた部員たちがグランドを後にしているところだった。出入り口が開いていたので、ふら〜と入ってみた。ネット裏にはスタンド。でも、岐阜総合学園で見たような段差のついたものではなかった。階段一段分くらいの高さの舞台みたいなところの上に木製のベンチが置いてあるだけのいたってシンプルなものだった。ミシッっていわへんかなあとちょっと心配しながら上ってみた。そこからグランドを見渡す。すでにグランドは整備されていた。内野は黒土。でも、色はあまり濃くなかった。まばらに生えていたのは、芝生かな?雑草かな?(たぶん雑草…)

 出入り口のすぐそばにはわりと広い室内練習場があった。もう部活が終わっているのもかかわらず、自主練習に汗を流す部員が数人いた。ここに敷き詰められた土の色はわりと濃いように思った。日陰だからかな?側には学校の帽子をかぶった年輩の男性はピッチング練習をしている生徒に技術指導をしているようだった。OBかな?でも、選手の態度が柔らかく、時折笑顔ものぞいていたので、父兄さんかもしれない。

 その人に声をかけてみた。聞いておきたいことがあった。同校は甲子園出場校である。しかし、グランドを見渡した限り、それを示すものが見あたらなかった。たいてい、目立つところに石碑や記念樹やプレートが掲げてあるのだけれど。だから、自分の記憶がかすかに不安になったのだ。「以前、甲子園に出ましたよね?」という私の問いに、「そうだよ。でも、今はさっぱりだね」。その人はちょっと自嘲気味に答えた。「今じゃ、大商とあたると喜ぶんじゃない?以前はイヤがられてたけど」。すでに9年の月日が経っている。

 グランド前の道路。車の中で相方が待っている。カーラジオからは阪神戦。代わったヤクルトの河端は、好調阪神の勢いに飲まれそうになりながらも懸命に投げているだろう。彼が京都・西城陽高校のエースとして、夏の甲子園に出場したときに初戦で対戦したのが、ここ、大垣商業だった。

 このごろ、相方くんがお抱え運転手化していて、ちょっとかわいそうです…。梅雨に入ったら楽になるからね(笑)。