仕事に私的感情は入れるべきかそうではないか。
難しい。
入れるところで、入れて、 入れてはいけないところでは、入れない。
これはある種、「社会の掟」みたいに感じるが、 実際はすごく難しいと思う。
悪口を「影」で言っていても、 平気でその人と笑顔で話す人。
俺は軽蔑していたけれど、 気づけば俺もそれに近い存在となっていた。
それは、個人的な付き合いではなく、 会社の中で生きていかねばならないから、 縁を切らないがための、、、言わば、、
知恵かもしれない。
しかし、よく働けば悪くも働く。
キりたくないから、真正面から「ダメだ」といえなかったりする。
まぁ自分の立場上、悪くても今は基本的に何も言わないが、、、 (といいつつ「sk君はがんばってる(よく言うてる)よ」 と先輩には言われる)
私的な心が仕事中にも生きているから、 感動するのか。 それとも仕事とか関係なしに感動はするのか。
感動はそういう世界にはないものか。 探そうとして見つかるものではないのだから。
感動するとき、ひょっこりと私的な心が顔を出すのだろうか。
感動するのは悪くない。 しかし、私的な心はおびえにもなる。
僕はインタビューが苦手だ。 相手からうまく聞き出すことができない。 マンツーマンならいける。
ただ、ファインダーを見ながらインタビューするのは辛い。 この仕事は基本的に取材は1人。
マイクを持つ人も、音声さんもいない。
カメラが高性能ということもあって、それは後で編集できるのだ。
ただ、「俺のやる気」「伝えたいことを伝えたいと思う心」 それさえあれば、できる。
だけど、僕は断られるのが怖い。
つまり、俺はこれが言いたかったのだ。今日の日記で。
怖いのだ。
それが、私的な心だと思うのだ。
視聴者にいいものを提供したいと思うのであれば、 己自身がここで、インタがあればニュースに深みが出ると思うのならば、 何人断られようが、突っ込めばいいのに。 断られたってつっこめばいいのに。 機械的に考えればそうなのに、俺にはそれができない。
情けない。
俺はプロではない・・・。
どうやったら、己をコントロールできるのか。
とりあえず、場数を踏むことだと僕は思った。
だから、嫌だけど、たくさんインタビュー申し込んでやる!
嫌だからこそ、嫌いだからこそ、やってみる。
ひとまずここまではたどり着けた。 あと一歩進もう。必ずなんかある。
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