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| 2021年08月13日(金) ■ |
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| パラリンピックは、創意工夫のお披露目の機会 |
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オリンピックが始まる前日の「2021年07月22日(木)」 私は、今回の「TOKYO2020」の意義を 「オリンピックは、夢が叶う瞬間をみる機会」と書いた。 もちろん、描いた夢が叶わなかった人もいたけれど、 オリンピックに出場する、という夢は叶ったはずだから、 負けた後のコメントも清々しかった。 これから開催されるであろう、パラリンピックも、 私なりの「意義」をみつけて、観戦していこうと思う。 パラリンピックの「アスリート」にスポットを当てると、 どうしても、お涙頂戴の感動話になりやすいので、 あえて、それは意義には加えないつもり。 パラリンピックは、様々な障がいのあるアスリートたちが 創意工夫を凝らして限界に挑む大会である。 「多様性を認め、誰もが個性や能力を発揮し活躍できる 公正な機会が与えられている場」とも定義できる。 それは、オリンピック以上に多くの企業や人々が支え、 そこで生まれる記録は、アスリートの日々の努力も含めた、 多角的な「創意工夫」で成り立っている。 そして、そこで生まれた「創意工夫」が、大会後の 社会生活に活かされていくことだと思う。 そんな視点で、大会を眺めたいという気持ちを込めて、 オリンピック同様、個人の記録やメダルの数も気になるが、 「パラリンピックは、創意工夫のお披露目の機会」とした。 どうしたら、障がい者でもこんな記録が出せるのか、 創意工夫の連続だったに違いないのだから、 「オリンピックの障がい者バージョン」だけにはしないで。
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