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| 2017年06月14日(水) ■ |
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| 私がこの時代、この地に生かされている「意味」 |
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定年を2年後に控えた、この年齢(59歳)になって、 気付いたって言うのも恥ずかしい話だが、 「夢が叶っていく」時のパターンは、何か公式がある。 そんなことを感じたのは、柿田川と私の関係について。 幼少の時、この地(清水町)に引っ越してきて、 多感な時期(幼稚園〜高校)にこの地で育ち、 一端、大学で東京に出たものの、長男だから、を理由に この地に戻ってきて、地元の役場に就職。 幾つかの職場を経験しながら、生涯学習課長の時に、 柿田川を「国天然記念物」に指定する作業に携わり、 その後、都市計画課長の時に、柿田川公園の大規模改修工事、 さらには、産業観光課長として、柿田川を題材に情報発信をし、 あらゆる場面で、柿田川に関わりながら現職にある。 今振り返ると、この世に生まれて、変化してきた生活環境が、 全て「柿田川」と「私」を繋ぐため、と思えるようになってきた。 柿田川が、富士山世界文化遺産の構成資産候補になった時から、 まずは自分が柿田川のことを知らなくては・・と、 撮り始めた写真は、なんと12,000枚を超す。 スマホにしてからは、3,000本を越す動画も加わった。 それを自分の生きてきた証として、宝物にするだけでなく、 柿田川の魅力を世界に向けて「お裾分け」したい、と考えている。 その時その時に必要性を感じて始めた「データ、経験の蓄積」が、 単なる偶然ではなく、必然として繋がってきている感じがする。 私がこの時代、この地に生かされている「意味」を考えたら、 「柿田川を次世代にしっかり引き継ぐ」ことだと腑に落ちた。 残すところ、あと2年弱。悔いが残らないように過ごそうと思う。
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