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| 2016年07月07日(木) ■ |
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| 一生の不覚、私としたことが・・あたたたた |
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お世話になった先輩のお母さんが他界した報を受けて、 準備万端で、お通夜に参列した。(つもりだった) ・・・が、事件は、この時に起きた。(汗) 日中暑かったからと、自宅でシャワーを浴びて身を清めて・・とか 通夜に参列できない人たちの香典を預かったり、 丁寧に香典袋に名前を書きながら、通夜の時間を待った。 しかし、家を出る寸前に、知人から電話があり、 「通夜・葬儀に行けそうもないから、香典を立て替えて欲しい」、 そんな連絡を受けて、香典袋を追加して宛名を書き 自分の御霊前に入れた香典を、立て替えを依頼された人の袋に移した、 そこまでは、たしかに覚えている。 しかし、空になった自分の香典を包んだ記憶がない。 読経が始まったが、気になったので、席を立って受付にその旨を伝えた。 自分で香典を入れた記憶がない。もしかしたら、空かもしれない、と 正直に伝えたところ、やはり空だった。 その時、やばっ、やっちまった・・と感じながら、 心の叫びは「一生の不覚、私としたことが・・あたたたた」だった。 「一生の不覚」とは「人生において、 これ以上ないであろう失敗や油断をすることなど」を意味する語。 「私としたことが」は「この私ともあろうものが」という意味で 「不始末や失敗をしたとき,自らの行為を意外」として発する語。 まさかお通夜で「すみません、やっばり空でした」と言われるなんて、 私としては考えられないことだったので、記録に残したい。 2度としてはいけないことではなく、1度だってしてはいけないこと。 うっかりなのか、ボケなのか、自分でもわからないけれど、 立て替えを頼まれた方の香典袋じゃなくてよかったなぁ。 私なら「しもさんならやりそう」とか、話のネタで済むからね。 (すみません、こんなに落ち着かないお通夜は初めてでした。(涙))
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