
|
 |
| 2010年02月23日(火) ■ |
 |
| 娘婿の私は、とてもお気に入りでしたよ |
 |
昨年11月から入院し、1度も退院する事なく、 忘れることのない、平成22年2月22日の夜、他界してしまった義母。 最後まで、意識はしっかりしていて、私が手を握ると 力を入れ返して、元気なところをみせようとした姿が懐かしい。 平日のほとんど毎日、私の昼休みの日課となっていた「病院通い」も もうできなくなってしまったのか、と思うと、ちょっと淋しい。 寒い気温の中を自転車で通いながらも、もう少し温かくなってきたら、 ジョギングでもしながら、病院通いをしよう、と決めていたのに。 この日がいつかは来ることを恐れながらも、 妻と娘、そして実母の献身的な態度に、皆が社会人になり、 どうしても離れ離れになりやすい家族というものを 「義母の看病」を通して、気持ちが繋がったような気がする。 そう言う意味では、命をかけて「家族の大切さ」を気付かせてくれた。 口の中に酸素吸入の管が入りっぱなしで、さぞ辛かったに違いない。 しかし、私が「調子はどう?」と顔を覗くと、何事もなかったように 手を握り、満面の笑顔で迎えてくれた。(涙) やはり、最後は「ありがとうございました」しか浮かばない。 大好きだった「ジャイアンツと大相撲とマラソン」を肴に、 ほとんど義母の分も私が食べてしまう「うな重」を出前してもらい、 「アイスクリーム」と「三ツ矢サイダー」でお口直しをし、 帰宅する時に、必ず頂くおみやげの「ヤクルト2本」のパターンを、 娘婿の私は、とてもお気に入りでしたよ、おかあさん。
|
|