ネガティ部 May日記

2005年09月04日(日) 
え〜・・・、

いろいろと醜態を晒してしまいました。
みっともないことこの上なく、お恥ずかしいことこの上なく、という所なのですが、まあなんと申しましょうか。
感情というものは如何せん自分ではどうしようもないものなので仕方ありません。
せめて今後とも戒めとすべく(なるのかというのはさておき)日記を削除という愚挙だけは起こさないように心がけたいところです。
人の心は流離転々、誰もそれを妨げたり押し留めたりすることはできません。
それは他人ばかりでなく、自分自身に対してもだということをよく心に留め、
少しでも緩やかな流れに身を任せられるように以後精進したいと思います。


一連の件に関して、ことのはじまりから(もしくはわからないながら途中から)長く見守って下さった方々に厚く御礼申し上げます。
時に言い散らし、書き散らししたことで、思うところ感じるところがあったであろうにもかかわらず、口を挟むでなく窘めるでもなく、寧ろ一貫して突き放した態度を取り続けてくれたことに感謝します。

望むにしろ望まないにしろ、結果なんてとうに見えていた。というと負け惜しみに聞こえるでしょうか。
しかし、何が一番堪えたかというと自分の往生際の悪さだったりします。
なんとやらの深情け。
執着が強いと人は醜くなるのですね。
人に淡々とするにはまだまだ修行が足りません。
たまたま手にした本に「現実から机上の空論は生まれるけれど、その逆はありえない」という一説があって深く頭を垂れました。




それにしても。

私は皮肉なことに(頗る不本意だと言いたいらしい)、完璧な喉元体質と言いましょうか、心身ともに健やか過ぎると言いましょうか・・・
凹んだり落ち込んだりしたりした気分をいつまでも持続することができません。
だからこそ、あんたは自殺したりしないから。絶対大丈夫だから。なんてお墨付きを頂いたりするんだとするんでしょうが実際その通りで、なんとなく反骨精神が頭を擡げてきますがだからといってそれで死ぬのも馬鹿らしいのでこうやって生き長らえております。有難いことに。
これが「坊ちゃん」ならその場で喉首かっさばいて絶命してるんじゃないかと思えるくらい酷い言われようをしていると思うこともたまにあるんですが、まあそれは置いておけ。
仕事したり空手の練習行ったりしてるうちに随分軽快しました。
汗かいて、体動かして、食べて、寝て。
健全な精神は健全な肉体に宿ると言った人がいましたか。まさにその通り。
人騒がせにも程があるとお叱りを受けそうですが、怒りも悩みも苦しみも、喜びも楽しみも私にとっては愛しく慈しむべき大切なものです。
私はそう思える自分をこそ、愛しみ慈しんでいるのかもしれません。



なかなかに、自分と折り合いをつけて生きていくというのは難しいものでありますが、それでも生きていくということ自体がそういうことなのでありましょう。
今日も、明日も、その先も。
のらりくらりと私は生きているような気がします。








     
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